「まもなく、電車がまいります。白線の内側に立って、お待ちください」
四十年間。桜が咲き誇る春の日も、三十度を超える暑さの日も、落ち葉でホームが埋もれかけた秋の日も、誰も来なくなるぐらい極寒の冬の日も。毎日同じような言葉をアナウンスしていた。赴任したときにはペンキの香りが部屋の中に篭もるほどに新品であったアナウンス用の小さな小屋も、窓を開けるのに苦労するほどに歪み、錆も出来ていていた。全く、最期の日だというのに、ただ小屋に入ってマイクに向かってこの一文を読み上げるだけだというのに、どうしてこんなにもガタが来ていて古ぼけたところに行かなければならないのかと思いつつ、どうにも目頭が熱くなっていた。
小屋から出て歩き出す。これで、自分の役割も終わり。後は昔から考えていたセカンドライフをおくるだけだ。駅の利用者はおらず、自分がこの役割を終えると同時に廃線となる事が決定している。誰かが定年退職を祝う事も無い。
重い足取りのまま、ゆっくりと歩き続け、そして、止まった。
大きな桜の木だ。その木は私が赴任してきたときに植えられた木で、毎年満開の淡い色の桜を咲かせていたのだった。
