サークル定例会

「――以上で今年度のサークルの活動方針と、イベントスケジュール案の共有を終了します。では、役割分担の希望を聞きましょうか」

 夕凪の穏やかな声が部室に響く。今日はゲームサークルの定例会議。春の新会員歓迎イベントを前に、毎年恒例の役員決めをおこなっているのだった。

「代表はもちろん今年も夕凪さんでしょ? もう完全に信頼と実績の人って感じだし」

「いえ、毎年確認はしていますからね。一応、異議がある場合は」

「ないでーす」

「あるわけないじゃん」

「即答……ですか」

 思わず夕凪は苦笑する。和やかな笑い声が広がる中、他の役職も次々決まっていく。広報、イベント係、物品管理――。そして最期に夕凪が柔らかい視線を向けた。

「朝比奈さん。よければ、会計補佐をお願いできませんか?」

「……えっ、わたし?」

「はい。数字を見るのが苦手でなければ、とても向いていると思います。それに、あなたならきっと、丁寧に向き合ってくれる気がして」

 何気ない一言。その一言に、なつめの心が、ぽんっと跳ねた。胸の奥で、温かな驚きが弾ける音がした気がした。どうして自分が、なんて思う。それでも、その言葉を否定したくはなかった。自分が向いていると言われるなんてことも、あまり経験のないことだった。

「……ぜひやらせてください。わたしでよければ」

「ありがとうございます。では、よろしくお願いしますね」

 拍手とともに、役職が全て決まった。

――その日、帰宅後。

「会計って、何するんだろう。領収書の管理とか、帳簿とか?」

 お風呂上がりでほかほかとした思考の中、なつめはタオルで髪を拭きながらスマホを手に取る。『会計 サークル やること』と検索してみると、画面に並ぶのは聞き慣れない言葉ばかり。帳簿、領収書、費目の分類。

「……けっこう、難しそう」

 そう呟いた声には、不安と、でも少しだけワクワクが混ざっていた。ふと、夕凪の言葉が浮かぶ。

『必要だったから、やっただけです。誰かに言われたからじゃなくて、自分がやるって決めたから。』

あの人みたいに、わたしもそうやって、選んでみたい。

「……よしっ」

小さく気合いを入れて、なつめは机の前に座る。ノートとペンを取り出し、ふと天井を見上げる。

そこに答えはないけれど、それでも、今は自分で決めた気がした。ノートの最初のページに、丁寧に書く。

 『サークル会計の勉強』

 『基本情報技術者試験(=夕凪さんが最初に取ったやつ)』

「両方とも、わたしがやってみたいって思ったこと。誰に言われたわけでもなく、ちゃんと、自分で」

 言葉にしてみると、不思議と胸の中がすうっと軽くなる。夕凪さん、いつか言ってくれるといいな。頑張ってますね、って。

 そんな未来を、ほんの少しだけ想像して――。  なつめのペンが、初めての一文字をノートに書き込んだ。