偶然の接触

 その日、怖くないと思ったことが衝撃的だった。

 いつものように活動を終えて、荷物をまとめていたときだった。輝星が落としたUSBメモリを遼が拾って差し出す。

「これ、輝星ちゃんの?」

 指先がほんの数センチのところまで近づいた。いつもなら、輝星の身体はその時点で硬直していたはずなのだけれど、その日は平気であった。

「……ありがとう」

 輝星自身が驚くほど自然に声が出る。遼はただ、優しく笑った。

 深追いしない、覗き込まない、触れない。でも逃げない距離でそこにいる。遼の笑顔に妙な鼓動の跳ねを感じた。胸が、熱いというより、揺れる感じ。

 これ、なんだろう。輝星は思わず胸の前に手をやったまま首をかしげた。

 夜。自宅のベッドの上で輝星は思い出す。あんな風に自然に男の人と接した記憶は、あの事件以来あまりない。かつて関わってきた人たちはみんな距離感がおかしかった。触れてくる。急に怒る。急に甘える。急に裏切る。だから――怖いという感情しか持つことが出来なかった。けれど、朝比奈遼は違っていた。

 怖くない。でも、気になる。

 遼の視線は優しい。けれど、何かを探していて、欲している目。輝星自身の奥を見ようとしている。それが分かるからこそ怖いはずなのに、怖くない。

 それどころか見てほしいと、一瞬でも思ってしまった。そんな自身に、輝星は混乱していた。

 どうして初対面の時にプロポーズなんてしてきたんだろう。彼の言う好きって何だろう。よく分からない。分かったこともない。でも、あの笑顔を思い出して、胸が少しだけくすぐったくなる。

 この数日間で彼のことを思い出す回数が増えていること。メッセージの通知に、期待している自分がいること。これが、もしかしたら――。

「好きって、こういうこと?」

 誰に問うでもなく呟いたその言葉は、今の私の中で、静かに着地した気がした。

 まだ怖いことはある。きっと全部が平気になったわけじゃない。けれど、遼のことを怖くないと思えたこと。そして、その人をもっとみたいと思ったこと。それはきっと、今までにない大きな一歩だった。