検索窓に『朝比奈遼』と入力しかけた指を、輝星は思わず止めていた。
……何やっているんだろう、私。でも、やっぱり気になる。彼の名前を入れて検索することが、どこかいけないことのように思える自分がいた。まるで「私、あなたに夢中です」と宣言しているみたいで。
でも結局、彼女の指は検索ボタンを強く押す。処理中を表すスピナーが表示されてから数秒後に出てきたのは、予想以上に有名な名前だった。
【芸術家・朝比奈遼】
【数々の海外アートフェスで受賞】
【”理解できないほど美しい”と表される前衛的
作品群】
【社会からズレた感性、でもなぜか惹かれる】
【変人、でも天才】
――そんなふうに、彼は書かれていた。
やっぱりすごい人なんだ。そう思ったとき、胸の奥がぎゅっと捕まれたような感覚があった。
確かに変わっている。初対面でプロポーズをしてくるし、空気は読めないし、感情がどこにあるのか分からない時もある。でも、最近になって思うようになった。彼の変人っぽさはわざとなんじゃないか。
サークルの活動中。みんなが笑い合っている場面でも、彼は一歩引いた位置で笑っている。作品を語るときだけ、目の奥に火が灯る。誰よりも周りを見ているくせに、それを見ていないように装う事がある。
……きっと、守っているんだ。
社会の中で、異端でいることを引き受けている。普通でいるよりも、変わり者って言われた方が楽だから。その仮面をかぶっている分、傷つかないで済むようにしているのだろう。 輝星は自分と似ていると思った。
――この人のこと、もっと知りたいって思っている。
今まで恋ってよく分からなかった。好きって言ってくる人はいたけれど、私自身はよく分からなかった。でも――。
この人が自分を守っている理由を想像して、その姿に胸が締め付けられて、それでも「近づきたい」と思った。そんな、今。
あ、これ……好きなんだ。
気づいた瞬間に、恥ずかしくなって。
でも、不思議と泣きたくなるような、あたたかい気持ちになった。
誰かを怖くないと感じたこと。誰かを知りたいと思ったこと。誰かを好きって、心から思ったこと。
全部が初めてで、全部がちゃんと私の気持ちなんだ。
その夜、輝星は遼の事を考えながら、自分のスケッチブックをめくっていた。
誰かを好きになるって絵みたいだ。ただの線と形が、誰かにとっての特別になっていく。そうやって、心の奥に残ってしまうものなんだ。次に彼に会ったとき、私はきっと。また、好きになる。もっと、好きになる。そう思うと、少しだけ、自分が変わっていくのが分かった。
