「誰かに話したい」
その感情が、輝星の頭の中にずっと残っていた。昨日、クリニックからの帰り道。残暑の風の中で、自分の選んだ選択に少しだけ誇りを持てたような気がしていた。けれど、その頑張ったという気持ちを誰にも共有できないまま、一晩が過ぎた。
その日のサークル活動は、少し静かな日だった。全員が作業に集中していて、雑談も少なかった。輝星はノートをめくるフリをしながら、何度も斜め前の席に座っている彼――
朝比奈遼を見てしまっていた。
前だったらこんなことも出来なかったのに。今はもう怖いと言うより、信じたいが勝っている。だから、思ってしまっていた。
話してみたいな。朝比奈さんになら。
帰り道。他のメンバーが先に駅へ向かう中で、輝星は自然と遼と二人きりになっていた。沈黙が続いたまま、歩く並木道。でも、それが苦ではなかった。だからこそ、輝星はぽつりと切り出せていた。
「ねえ、朝比奈さん」
「ん?」
遼は歩く足を少しだけゆるめ、輝星に視線を向ける。
「……私、昨日、病院に行ってきたの。心療内科ってとこ」
風が一瞬止まったような感覚。言った瞬間に、輝星の心臓は跳ねた。喉が痛いぐらいに緊張していた。でも、それを聞いた遼の反応は、輝星が思っていた反応とは違っていた。
「……そっか」
そう言って、ふわりと笑った。
「なんか、めちゃくちゃ嬉しい」
「え……?」
思わず輝星は足を止めた。
「いや、ごめん。へんな意味じゃないんだよ?」
「うん……?」
「だってさ、俺にその話をしてみようって思ってくれたのがさ、……すっげえ、嬉しいんだよ」
遼の笑顔は、からかってもいない、慰めてもいない。ただ、真っ直ぐで、暖かくて。信頼されることを心から喜んでいるような笑顔だった。
「頑張ったな」
その一言に涙が零れそうになって、こぼさないようにと、目の前の彼にばれないように腕を抓って耐える。
がんばったって。誰にも言われなかったことを、誰にも頼らずにしたことを、彼はたった一言で、ちゃんと見てくれていた。
「うん。がんばった」
ようやく輝星は自分の口でそう言うことが出来た。
遼は何も聞かない。ただ、隣で歩いてくれる。それだけで、輝星の心の中の冬が、少しだけほどけていく気がした。
