手を繋ぐのは、もう当たり前になっていた。歩幅を合わせてくれることも、無理に話しかけて来ないことも、時々こちらを見て、ふっと笑ってくれる事も――。
全部、心地よくて安心できる日々だった。でも、その当たり前の中に、私の中だけに積もっていった言葉があった。
好きって、ちゃんと、言わなきゃ。ふれあって、寄り添って、心を分け合ってきたけど。一番大事な言葉だけど、まだ渡してなかった。
今日も手を繋いで並んで帰る。駅前の商店街、人混み、二人の影。何も特別な事はないのに、ずっと心臓が五月蠅い。
でも、もう逃げたくなかった。
「……朝比奈さん」
「ん?」
名前を呼ぶと、彼はすぐに歩みを緩めて私を見た。その優しいまなざしに、言葉が詰まりそうになるけれど――。でも、ちゃんと言おうって決めていた。
「好き、です」
「……」
「朝比奈さんのことが、好きです」
空気が止まったような気がした。どこかの車のエンジン音だけが遠くで鳴っていて、それ以外、全部が静かだった。
彼は何も言わなかった。
でも、ほんの一瞬だけ、私の手をぎゅっと握り直した。
それから――。
「……やっと、言ってくれた」
その声は驚くほど優しくて、どこかほっとしたようで。眉を下げて笑っていた。
「俺はさ、初めて会ったときから、ずっと好きだったよ。プロポーズしたの、忘れた?」
「……あれは、冗談だと思ってた」
「いや、本気だった。今も、本気」
彼の指先が、そっと私の髪を撫でた。その仕草があまりにも自然で。でも、とても大切にされているように感じて。……胸がいっぱいになった。
「これからも、もっとちゃんと好きになるから」
「……うん」
「だから、これからも、隣にいてくれる?」
「はい。ずっと」
好きってこわい。でも、伝えた先に――。
こんなにも優しくて暖かい世界があるなんて、知らなかった。
