男同士の勝負

「ところで須賀くん、最近佐久間の様子はどうだ?」

「佐久間さん、ですか?」

「ああ。あの事件から少しはおとなしくなったと思ったんだが、表面上だけではないことを確認したくてな」

「最近は資料館に来ても閉館時間には帰るようになりましたよ?」

「そうか、それは良かった」

「どこか残念そうにも見えますが、どうなんでしょうか」

「須賀くんは鋭いな」

 酒が飲めるようになったらぜひ一緒に飲んでくれ。そんな望月との約束を須賀はきっちり覚えていて、二十歳を超えてすぐに連絡を取った。そうして予約された個室居酒屋に男二人。頼んだメニューはビールにつまみ数点だったけれど、お通しとしてきた塩味のきいた枝豆が美味しい。須賀は初めてこういった場所に来たこともありどうして良いかと、キョロキョロと机上を見渡していたが、望月が面白そうに笑いながら頼み方を教えていたのだった。

「なあ、須賀くん。今日はきみの成人のお祝いとして用意した石楠だが、俺の話も聞いてくれるかな?」

「はい、勿論」

「ありがとう。単刀直入に言うとだな、その、すごく言いにくいんだが」

「佐久間さんのことを好いているのですか?」

「ああ、そう……って、須賀くん。何処でそれを?」

「なんとなく。それと」

 須賀は一度チラリと望月の周りを見る。合わせて望月も同じように自分の周りを見るけれど、何もない。

 須賀の目には沢山のふわふわとしたかわいらしいおばけ達が望月の周りに集まっていたのが見えていたし、そのおばけ達が佐久間についてもおしゃべりをしているのが聞こえていた。その中で、望月の佐久間に対する気持ちを話しているおばけもいたのだったから簡単だ。

「いえ、何でも無いです」

「……佐久間もだが、須賀くんも時々不思議なんだよな。空気を読むのがうまいというか、それとも何か俺たちには見えてないものが見えているというか

「そう、ですか?」

「ああ、そう思うぞ? でも須賀くんも佐久間も悪いやつじゃないって言うのは分かるけどな。で、話を戻すんだが、俺が佐久間に好意を持っていること、それを知っているのはきみだけだよな?」

「おそらくは」

 しぃちゃん辺りは気がついているかもしれないけど、それでも彼女は誰かにそれを話したりはしないはずだし、きっと二人の進展を見守ろうとするタイプだと思う。須賀はそう結論づけ、話を濁す。おそらくは、しぃちゃんは知っているかもしれないけれど。心の中で気持ちを言うのには慣れきっているし、そんな須賀の心の内を見ないで欲しいときに見ないでいいてくれるのも望月なのだ。今回もそれを発揮してなのか、それとも天然なのか、話を続ける。

「そうか、それは良かった。それでだな、須賀くんから見て、年齢差のある関係ってどう思う?」

「年齢差、ですか?」

「ああ。俺は、いつになるかは分からないけれど、佐久間にこの気持ちを伝えようと思っている。あのとき、ツタで縛られていた佐久間を助けられなかったとき。このままこいつが亡くなってしまったらと思うと、目を覚まして元気な様子を見せられても気が気じゃなかったんだ。それで時間をかけて考えて、至った結論なんだ」

「ええ、それは、分かります」

「そうか?……それで、伝えようとは思うんだが、やっぱり世間の目というのもあるだろう? そもそも何歳も年上の警官がまだ成人すらしていない女性に愛を告白だなんて事案でしかない。だけどもしかしたら、若い年齢層から見たら古い考えなのかもしれないと思ってな」

「それは、僕の意見になるけれど、佐久間さんが望月さんのことを好いているのでしたら、問題は無いんじゃないかと」

 須賀に最近のことは分からない。もとより、須賀は世間に疎い。こんなことだったらシオリに聞いた方が良いのではないかと思いつつ、この場にいたのが須賀ではなくシオリだったら自分が望月に嫉妬してしまうな、などと思う。それでも、須賀は精一杯自分の思っていることを言葉にしようとして口を開いた。

「好きなもの同士が一緒にいる。まだ血縁がとかそういうことを言う人間はいるかもしれません。でも、それも変わってくると思うんです。だから、望月さんと佐久間さんにはその中で幸せになって欲しい。僕はそう思います」

 しぃちゃんが村にやってきて、村も少し変わった。噂話好きの主婦達が村祭りで料理を振る舞っていた男のことを褒めていた。結婚適齢期だから見合いを、と何度も言われていた村の女性が猫を一緒に暮らすパートナーとして選んだ。

 男性が家事をすることも、女性が結婚しないことを選ぶことも、新しい時代には問題が無いことなのでは無いか。それだったら、年の差婚だって後ろ指を指されるものではない。須賀はそう思う。両人が思い合っていれば、それでいいのではないかと。

「そうか。そうだよな。ありがとう、須賀くん……そうだよな!」

「少なくても僕の意見としては、そうですね」

 少しだけ考え込んでいた望月の顔が明るくなる。周りの幽霊達の、もっちー! という超えも騒がしくはなたけれど、これこそ望月だというような笑顔で、一気にビールを煽る。須賀にもどうだと進めるようにしてきたので、同じように飲み干した。

「なんだか悩んでたのが馬鹿らしくなってしまったよ」

「でも、そういう真面目なところが望月さんの良いところだと僕は思います」

「そうか? 村のおばちゃん達にもなんだかんだでって感じでそんなようなこと言われたことがあるんだけど、そんなもんなのか」

「そう、だとおもいます、よ?」

 ふわり。酒を一気に飲んだからだろうか。須賀は少しだけ気分があがったような、どこかふわふわとした気持ちになった。これはまずいとどこかで警告音がするような気もしたけれど、それを自分自身で無視をする。

「そういえば望月さん」

「なんだい、須賀くん?」

「勝負、しませんか?」

「勝負、だって?」

 ふわふわとした気持ちの中、なんとなく口にする。須賀はシオリが好きで、望月は佐久間のことが好きだ。だけれど両者ともに今すぐに気持ちを伝えたり、先へ進むことができない、臆病者に近い気持ちも持っていた。だから、これはそんな気持ちを動かすためのものであった。気が多少大きくなっている須賀は、顔を赤くしながらも、望月に語る。

「勝負です、巡査。どっちが先に自分の思いを伝えるか、それから結ばれるか。勝負しませんか?」

「……、本気かい、須賀くん?」

「ええ、本気ですよ」

 須賀はシオリのことが好きだったが、シオリも須賀のことを少なからず思っていることは本人の口から聞いている。それに佐久間だって望月のことを思っていることは傍目から見ても明らかであった。だから告白さえしてしまえば結ばれるのは予定調和。あとは告白をするだけ。でも、その告白をできないのもこの男二人の悲しいところ。だから、こうやって勝負ごとにしてしまえば、嫌でも進展する。そう思ったのだった。

「望月さんの勝利条件は僕が村に戻ってくる前に佐久間さんに告白すること。僕はこれから専門学校に行くことにしたので、何年か資料館の運営をしぃちゃんに任せると思います。

そこで実践を積んでもらいながら村の人と交流をしてもらって……村に帰ってきた時にプロポーズをしたいと思っています。だから、その前に」

「わ、分かった。その勝負に乗るよ。だから須賀くん、落ち着いて、な?」

 差し出された水を、お酒と同じように一気に飲む。そうしてそのまま腕を枕にして頭を乗せると、少しだけ眠気がやってきた。

 お酒の失敗なんてよくあること。須賀は申し訳ないと思いつつ目を閉じて、シオリと、ついでに佐久間のことを考える。シオリにはもちろんのこと、佐久間にも幸せになってもらいたいし、目の前で慌てだした望月にだって幸せになってもらいたい。  須賀は皆の幸せを考えながら、初めてのお酒に酔い潰れてしまったのだった。