「うーん」
「どうしたの、お姉さん」
「あ、佐久間ちゃん。ごめんね」
資料館の片隅でシオリは唸る。それは何日も前から。最初は気にしないようにしていた佐久間であったが、数日も続くと流石に気になり声をかけたのだった。
「邪魔って意味じゃないから大丈夫だって。それより何か悩んでるみたいだけど、あれ?管理人から変なことでもされたりしたわけ?」
「へ、、変なことってなんだろう。じゃなくて、佐久間ちゃんが想像しているようなことはされてないと思うけど、そうじゃなくて……こうくんから指輪をもらって、そのお返しってどうしたらいいんだろうって考えてたんだよね」
「ふーん」
プロポーズされて、須賀が手ずから作った婚約指輪を渡されて、婚約届を役所に提出して。そんな二人を間近で見つめていた佐久間であったが、またか、とつきたくなったため息を無理矢理飲み込む。
佐久間と彼女の想い人である望月も、周りから見たらようやくくっついたといえる二人かもしれないが、須賀がシオリにプロポーズした日に交際までたどり着いた。その直後、どんぐりの背比べみたいな男同士の勝負をしていたことを聞いた佐久間は望月に多少の怒りを向けたが、須賀が自分たちを応援してくれていたことを知ったからにはその怒りをなんとか静めたのだった。
将来のことも考えてそういったことに興味はあるけれど、本当に須賀とシオリは似たもの同士で真面目なもの同士であるなと佐久間は思う。婚約指輪が大きすぎたことに慌ててごめんと言いつついつまで経っても挙動不審な須賀もそうだし、もらったからにはお返しをしなければと思うシオリもそう。きっと今だって暴走しそうなぐらいに相手のことを考えて、考え抜いているんいちがいない。
「それで、お姉さんは何を贈りたいって考えてるわけ? 悩んでるってことは候補があるんでしょう?」
「うん。一応あるんだけど……宝石研磨の材料ってどれぐらいかかるんだろうとか、なんかいろいろ考えちゃって」
「はぁ?! お姉さん、流石にそれはぶっとび過ぎでしょ。確かに管理人はそういう仕事してるけどさ、お姉さんだって突然ゲーミングパソコンとか贈られたらびっくりするでしょ?」
「え? あっ、そ、そうだね」
パソコンには詳しくない。それでもゲーミングパソコンを知っていたのは同級生にゲームが好きな子がいたからであった。額にして二十万を超えるものもあると聞いて目を回しそうになったこともある。けれど、それに等しいかそれ以上になりそうなものをよく贈ろうと思うなと、ため息をとうとうついてしまった。
「佐久間ちゃん、もしかしてあきれた?」
「まあ、ちょっとは。洋介さんもも似たようなとこがあったから、どちらかって言うとまたかって感じだけど」
「あはは、巡査もなんだ」
「まあね。で、それ以外は……もうちょっと額が小さいものとかもあるんでしょう?」
「うん、まあ、あるけど」
「けど?」
「重くないかなって。あと、邪魔にならないかなって」
少しだけ悩ましげにシオリは視線を佐久間から逸らす。けれどすぐに視線を戻して、小さく呟いた。
「その、ね。時計とかどうかなって」
「いいんじゃない?」
少なくても、贈ったとしてもおかしくないものだと思った。管理人の仕事上、手先を使う仕事中などには外すかもしれないけれど、それを加味したところで大切な人から普段使いのものをもらえるのは嬉しいことだと佐久間は思う。実際望月から定期入れと財布をもらった際には本当に嬉しかったし、使うたびに彼のことを思い出す。管理人だってお姉さんからのものだったら嬉しいだろうし、普段から相手を思い出せる品は良いものだとも思った。
「私も最初は時計で良いかなって思ったんだけど、時計を贈る意味を調べたらちょっと恥ずかしくなっちゃって」
「どんな意味があるの?」
「束縛したい、とか、一緒の時間を共有したい、とか、他にも相手を自分色に染めたい、
とか……色々」
だんだんと頬を赤く染め、声を小さくするシオリ。いつもハキハキキビキビとしているお姉さんというイメージのシオリが、こんなに自信も無く、恥ずかしがる様子は貴重である。いつか管理人にこんな様子だったと言うことを伝えてやろう、といたずら心も浮かんでくるけれど、それはまた後。でも、管理人もそこまで考えたりしないでしょと思いつつも、考えたら考えたで面白いなとも思う心が勝手にその後をイメージして口角を上げたくなった。けれど、安心させるように佐久間はシオリをしっかりと見る。
「お姉さん。管理人はもらったら嬉しいっていってくれると思うし、お姉さんからのものだったら、本当に大切にしてくれると思うよ?」
「そう、かな?」
「そうだよ。逆に聞くけど、管理人ってお姉さんのことをそんなに邪険に扱ったりする人だったっけ?」
「それは……ないね」
「でしょ?」
須賀はシオリのことを大切に思っているし、シオリも須賀のことを大切に思っている。二人は本当にお似合いであるし、シオリが須賀から贈られた指輪を大切にしているのは分かる。今だって汚れたりしないように、指輪をかけたネックレスを服の中にしまい込んでるぐらいだし、佐久間だって一度ぐらいしか須賀がデザインした指輪を見たことがない。そんな風に贈ったものを大切にするものの恋人だ。大体が似たもの同士で結ばれる、というのを理解している佐久間からしたら、二人とも贈られたものは大切にするでしょうし、邪険に扱うことはないと分かるのに。
それでも不安になってしまっているシオリにどこかかわいらしさを感じてしまい、佐久間はとうとう我慢できずに、ふふっ、と笑い声を上げてしまうのだった。
