100本ノック - 1/10

1、嫉妬

「そこでベディがね、きよひーと JK ちゃんとね。
アマデウスは」
 夜も更ける時間。部屋の中で今日一日起こったことを話しているのは、僕のマスターである藤丸立香だった。今も隣でロビンが助太刀に来てくれて助かったと言っている。僕はその輝くような笑顔を見ながらも、横で相槌を打っていたが、ふと曇る笑顔に気付いた
「……どうされました、マスター?」
「えっと、サンソンって、その」
「ええ」
「こうやっていろんな人の話を私がしても、気にしないのかなと思って」
「気にしないとは」
「嫉妬とかしないのかなって」
 嫉妬。少し考えてから、伺うようにこちらを見ている立香に言葉を返す。
「立香は僕に嫉妬して欲しくて他の人の話をしていたのかい?」
「 ううん、そういうわけじゃないけど。いつもこうやって一日のことを話してるって他の人に話したら『それはいい気がしないんじゃないか』て言われて、それで
気になっちゃって」
「もし僕以外の人にこうやって、こんな遅い時間に、
無防備に話しかけていたら嫉妬してしまうかもしれませんが、そんなことはないのでしょう?」
「でも」
「でもです。立香は僕の言葉が信じられないのですか?」
「ううん、それはずるいよ」
「それでそんなことをしていない立香と周りのサーヴァント、職員のどこに嫉妬すれば良いのでしょう?」
「いい、いい! わかったもうわかったから!」
いたずらに耳に囁くようにすると飛び跳ねるように逃げる立香。彼女についた少しの嘘は苦くとも、隠すには簡単なことだったのだ。

2、うたたね

 すやすやと、安らかな寝息を立てているマスターに息をつく。魔術の基礎やトレーニングだけではなく、召喚した英霊たちの軌跡を追い、休憩の声も耳に入らず。
 ふと気が付けば眠りについていた彼女に、自身のコートをかけるついでと、頬にかかる髪を払いそのまま顔を近づけた。

3、習慣

 眠っている彼女に口付けを落とす。無意識でしてしまったこれは、習慣のようになっていた。
「それじゃあおやすみ」
「ええ、いい夢を」
「……あの」
 今日も笑顔でおやすみと言った彼女は、一瞬考えるようにしながら声をかけてくる。
「どうしました、マスター」
「えっと、私の勘違いだったらごめんね。その、最近私が眠っている間に何かしてる?」
  確信を持った目で問いかけられる。僕の口からは、自然と謝罪の言葉が漏れていた。
「申し訳ありません、リツカ」
「別に謝って欲しいとかじゃなくてね。ちょっとだけ寂しいなと思いまして。謝らないで、ぎゅっとしてほしい、です」
  そう言いながら立香がついてくる。その華奢な体を抱きしめると、腕の中で小さく微笑む彼女が見える。
「えへへ、やっぱりぎゅってしてもらえるとうれしいな」
「嬉しい、ですか」
「シャルルも、嬉しそう、満足そうな顔をしているよ?」
「そうなのでしょうか?」
「うん」
 抱きしめられたまま笑顔で頷く彼女は魅力的で。無意識に顔を近づけていた。

4、事後

 抱きしめられて、口づけをし、お互いに高めあって、ひとつになって。絶頂へ駆け上がった名残を体に灯しながら、先ほどまで熱っていた体へと、自分の素肌を合わせる。
「どうしましたリツカ」
「なんでもないよ。でも、くっついていたいなって思って」
 ダメかなと?と、問うと、迷っていた手に指を絡ませられ、口付けを落とされた。
「いえ。僕も、リツカのことを、抱きしめてもいい
でしょうか?」
「うん」
返事をしてから、シャルルが抱きしめやすいように体勢をずらし、体を密着させる。 仄かなあたたかさと、ゆっくりとした心音に幸福を感じながら、彼の胸に手を置いた。

5、避けている理由

「今日は絶対とかないからね」
 押し倒され、腰には怒りとも悲しみともつかない表情のマスターが跨っている。
「マスター、どうされたのですか?」
「どうされたじゃないよ。シャルルこそどうしたの?」
 どうしたのと言われて少し考える。何か彼女に対しておかしなことをしていただろうか。
「最近私のこと避けてない?」
「……避けてなど」
「避けてるよね?」
 確かに彼女を避けている事実はある。彼女と付き合うことになってから一か月が経つが、その間に体の関係以外まで関係を深めることになっていた。しかし自身の現界した肉体年齢は若く、彼女を全てを欲してしまうこともなっている。
「ねえシャルル、避けてる理由って、私には言えない
ことなの?」
「いいえ、決してそういうわけでは」
「じゃあ何で言ってくれないの?私じゃ不足している所があるのかな?」
 目の前の彼女の瞳からは涙が溢れて、今にもこぼれ落ちそうになっている。泣かせたくないのにと、思いつつ。弁解の言葉を。偽らざる気持ちを紡いだ。

6、二人の絆

土の香りがまだ新しい鉢にじょうろで水を撒く。早く大きくならないかなと思いつつ、育って欲しくないとも思いながら、まだ何も生えていないそこをしゃがんで見つめた。
「マスター?」
「あ、サンソン、おはよう」
「おはようございます。……何か、植えたのですか?」
「うん。アメリカンブルーって花をね。 暖かい土地の花だから、この地域で育つかなってちょっと不安だったんだけどね」
「確かにカルデアは寒冷な土地ですから。でも、なぜ?」
「ちょっと気分を変えたくて」
 レイシフトをして人理修復をすすめ、空いた時間には魔術の練習やトレーニング。気がつけばマスターとして必要なことしかしていなかったことに気がついて、お花でも育てれば女の子らしいかなと昨日種を蒔いたのだった。しかし。
「ねえ、サンソン。サンソンってお花とか育てたことある?」
「こちらに来てからはあまり。ですが生前は庭でチューリップなどを育てておりましたね」
「それだったら。一緒に育ててくれたら嬉しいかなって思ったんだけど、ダメかな?」
「ええ、いいですよ」
「ありがとう」
  自慢ではないけれど、私は一度も花を育てたことなんてなかったのだった。

7、事後2

「えっと、なんて?」
「いえ……何でもありませんよ、リツカ」
 小さくくしゃみをした彼女の素肌を、これ以上冷えないようにと掛布と一緒に抱きしめる。一瞬浮かんでしまった、消えてしまいたいという思考を消し去るように、力を込めた。

8、これはとある月の日のこと

 つきん、と腰が痛んで目を覚ました。月一回には起こること。仕方がないことといえばそれまでだが、事なだけに今日の訓練と素材集めを中止にして欲しいと、早めにダヴィンチちゃんに連絡を入れ、薬をのんだ後にベッドの毛布へと包まる。
「ドクター……」
 誰もいないであろう部屋に響く声。寂しさからなのか、それともこうしていたときにいつも側にいてくれたからなのだろうか、健康相談もかねて相談していた相手をつい思い出す。不器用ながらもアドバイスを贈ってくれたり、眠りにつくまで側にいてくれた、そんな些細な日も私は忘れないようにしていた。私は彼のことをそっと思い出しつつ、目を閉じた。

「おはようございます、マスター」
「おは、よう……ッ」
薬を飲んでも効かなかったのだろう腰の痛みに目を覚まし、顔を一瞬しかめて声を続ける。
「えっと今は何時?何かあったのかな?」
「今は貴女が連絡をいれてから二時間ほどに。ただ、
いつもでしたら”彼”が来ていたでしょうから。代わりにはなれないかもしれませんが、一応」
「代わりだなんてそんな、気にしてくれてありがとう」
「マス、リツカのこと気にするのは当然のことですよ」
「それは、恋人だから?」
「そう、ですね」
 優しく微笑まれた後、髪の一房を掬われ、口付けられ、そのままベッドサイドへと座られる
「リツカ。今日は何か僕にして欲しいことなどがありましたら、申してくださいね」
「ありがとう。お言葉に甘えて、ご飯が食べたいな。出来ればサンソン先生が作ったお粥が食べたいです!」
 元気な姿も見せなくては、と少しだけはしゃいだ言い方をしてみる。サンソンはそれに気づいたのか、楽にしていていいんですからね、といいつつ言葉を続けた。
「お粥、ですか。ただ、一度リツカの側を離れることになってしまいますが、それでも?」
「出来れば離れないで欲しい。もう一度眠るまで一緒にいて欲しいな。それで、眠った後にお粥をつくって、それで」
「持ってきたら起こして欲しい、ですか?分かりました」
「うん。それから、眠るまでは、添い寝、して欲しいな。出来れば抱きしめて欲しいです」
「無理はしない程度にですよ。それから、布団はしっかりとかけること。いいですね?」
「わーい」
ありがとう。そう言う代わりに腰が痛まない程度にそそくさと掛布の角を持ち上げたのだった。

9、日課

「マスターはこちらに?」
「ああ、それだったら奥の机で突っ伏しているが。なんだ、今日もまた運びに来たのか?」
 ご苦労なことで。そういいたそうに肩をすくめるアンデルセンを横目にサンソンは立香のもとへと向かう。今日は確か、シュミレーションルームで模擬戦闘の後は、キャスターのクー・フーリンから魔術の指導。午後にはナイチンゲールから医術について学んでいたのだったと思いだす。忙しく日々をこなしているだけでなく、彼女は今この世界で生きているたった一人のマスターである。日々のストレスや、彼女自身の性格から、無理飲茶をしてでもそれを通そうとしてしまうところがあるのだろう。それが、こうして今サンソンの目の前で、本の山を枕によだれはかろうじで垂れていないが、ゆるんだ口をそのままに開けて眠っているマスターであった。
「マスター、起きてください。こんなところで寝ていては風邪をひいてしまいますよ」
 もちろん風邪などひくような設備ではないし、作家陣が暖炉へ書き損じた原稿を次々と投げ入れていることから、暖かさは保たれている。ただ、これでマスターが起きてくれれば、自力で起きて部屋へ帰ってくれるかもしれない。そうすれば翌朝地面に頭が埋まるのではないかという勢いで謝るマスターを見なくて済むと思うサンソンであった。
「ん……ぅ……んん…………」
むにゃむにゃと、どこかに手を伸ばすようにした後、目の前にいたサンソンのコートに手を触れさせ、くいくいと引っ張る。と、そのまままた夢に落ちていく。サンソンはため息をつきつつ、彼女の手を払うことはせずに、器用に彼女を抱き上げ、部屋を出る。すると、目の前を横切ろうとする同じ出身の華やかな女性がいた。
「あら、サンソン。それに、マスターも。今日もお疲れなのね」
「ええ。もしよければマスターの部屋まで一緒に送ってくれないかい。一人だと扉を開けるのも大変で」
「もちろんいいわよ」
「ありがとう、マルガレータ」
「あらあら、いいのよ。じゃあ、行きましょう」
 今日はシャルルの独り占めじゃなくて、マスターの寝顔が見れてうれしいわ。彼女はそんなことを言いながらもサンソンとマスターを先導したのだった。

10、もしかしたらの未来で

 桜の花びらが舞う道を二人で歩く。隣には、今の季節には不釣り合いな黒のコートを着込んだ彼。もうすぐ春なんだからと出そうとした別のコートを拒み、僕が僕として歩んできたこの姿を見てもらいたいと、すっかり戦いの中でボロボロになっていた黒を基調としたコートを彼は選んでいたのだった。
「えっと、ここだよ」
「こちらが立香の」
 桜並木が続いた後の少し細い道に入ると目の前に現れる墓地。そこに私の唯一の家族である母が眠っていた。人理修復が終わり、漂白された世界をもとに戻した後、私は一般人として元居た世界へと返された。その時に数名のサーヴァント、私が聖杯を渡していたサーヴァント達が受肉をし、新たなる生を経て一緒に世界へとやってきていた。隣にいるサンソンもその一人である。
 サンソンと私は、墓地へとお花を供え、線香に火を灯し、手を合わせた。その左手の薬指には小さなダイヤの付いた指輪が光っている。しばらくし、二人で顔を上げる。シャルルも、そして私も、挨拶はすんだ。
「立香の母は認めてくれたのでしょうか?」
「さあ、それはお母さんのところ行ってみないとわからないし、ずっと後になっていってみたら『あんたにはまだ早いから帰りなさい』って言われちゃったりしてね」
「立香のことを思ってくれている、良い方ではありませんか」
「まあ、そうなのかもね。ちょっと過保護だったけど、私のことを一番に考えてくれてた。でも、それだったらきっと、シャルルとの結婚のことも認めてくれると思うんだよな」
 だって、娘の幸せを願って過保護にしてくれてたぐらいなんだから、娘がこの人と幸せになりたい、一緒に生きていきたい、っていうのを拒んだら、それこそ娘が不幸になっちゃうでしょ。そう続け、私は右手を、彼の指輪が付いている左手へと伸ばした。