「もしも彼に、もう一度会えるなら」―リグレットメッセージ―

「……これで、いいよね」

 藤丸立香はペンを握る手を緩め、今まで文字を書いていた紙を小さく折りたたむ。公会堂は薄暗い。そんな中でもわかるほどの大きさで書いた紙を眺め、それからその紙を小瓶へと入れて、コルクでできた蓋をぎゅっと押し付けた。手の中に落としたらそれこそ見えなくなってしまうほどの小さな瓶。それを胸の前へ持っていき、祈るように握り締める。そうしながら今回のレイシフトを思い出していた。

 最後のレイシフトのはずだった今回。特殊な現象が重なったけれど、最終的には何事もなく、誰一人かけることなく解決できるだろうと心の奥底では考えていたかもしれない。その慢心が起こした彼の喪失。彼の行動は事件解決の大きなカギとなったけれど、それでも、立香は自身を責めることしかできなくなっていた。

「先輩?今、よろしいでしょうか?」

「マシュ。うん、大丈夫だよ」

 ラヴィニアの埋葬の前に時間を取って欲しいと言ってしまったことを立香は思い出しながら、隣に来るマシュへ場所を取る。どうせ消失してしまう特異点なのだから、そんなことも、これからしようとしていることも必要ないのかもしれない。それでも彼女をそのままにするなんてことはできずに、これからする自己満足にも時間

を取りたいと思ってしまい、頼んでいたのだった。

「その、ごめんね。ラヴィニアのことと、今のこと。お願いしちゃって」

「いえ、それは私もそう思っていましたから。……先輩はその、サンソンさんのことでお時間を取りたかったのですよね」

「うん、そうだね」

「……」

「これは私の一人ごとみたいなものだけど。……私ね、ずっと前から、サンソンのことが好きだった。」

 好きだったんだ。立香は顔をゆがめて、涙をこらえて言葉にする。

「好きになったきっかけは、わからない。いつの間にか好きになっていたの」

「先輩……」

「それでもね、私、見ないふりをしていた。見たくなかった。だって、別れがつらかったから。別れるんだったらあいまいな関係のままがいいって」

「……はい」

「それにね、私、本当に大切な人はいなくならないだろうって思ってた。あの最後の戦いのときにも、簡単にいなくなってしまうってこと、分かってたのにね」

 ドクターのことが頭をよぎる。それに自分だって。マシュはドクターの最後を直接見たわけではなく、立香の語ったことから最期を知っていた。マシュが光体の熱を受けて消失した後のドクターの決意や選択。立香にとって、サンソンとは違う意味での大切な人であったドクターを失った経験。それを再び抉るように、連鎖的に思い出されてしまったのだろうと分かった。

 立香の瞳からはぼろぼろと涙がこぼれる。蜂蜜色の瞳から流れる涙。すべてが終ったこの土地で、それを抑えるすべを知らなかった。それも当然。いつかは別れると分かっていて、想いを抑えていた相手との離別があんな暴力的な形であったから。それに彼女はその離別を拒否して、彼の望みを消し去ろうとしてしまっていたからであった。

 立香はしっかりと別れを理解していた。いつかは還らなければならないこと。けれどしっかりと別れるまでの時間はとれるもの、そして泣いてしまうかもしれないけれど、最後には笑顔で送り出せると信じていたのだった。

 瓶を片手に持ち直し、両腕で肩を抱くようにして、涙をこらえようとする。それでも止まらないそれに「どうして?止まってよ」と思いつつ、立香は目を閉じる。そうしていると、抱きしめられた。あの処刑台で首を吊られた彼とは異なる、あたたかな体温。それは彼女が今目の前で生きていることを証明しているようで、ますます

涙を溢れさせられる。ありがとう、こんなに弱い私のそばにいてくれて。抱きしめてくれて。立香は嗚咽をあげながらも、とぎれとぎれに言葉を発したのだった。

「せんぱ、い。ごめんなさい。今、一番つらいのは、先輩なのに」

「だい、じょうぶ。だって、悲しいのは一緒、でしょ?」

 あやすように撫でられていた背中。そこに添えられるだけになった手も含めて、マシュの身体も立香と同じように震えている。

マシュは優しい子だから。きっと私が彼に恋していたことも理解しているのだろう。それでどうしようもなくなってしまっていることも、抑えられないことも理解してくれている。ふがいない先輩でごめんなさい。立香は心の中で謝る。

 そのまま数刻、二人で抱き合うように泣いていたのだった。

「先輩、もういいのですか?」

「うん。これでいいかなって」  すっかり静かになってしまった波止場の、船が止まっていたはずの場所に足を向ける。公会堂から持ってきた瓶をそのまま水の中に落とすと、ゆっくりと、沖へ向かってそれは流れ出す。願いを書いた紙を海に流すと、その願いはいつか叶う。そんなおまじない。このセイレムが消えてしまうなら、あの瓶も同じく消えてしまうだろう。それでも、もし、私の書いた想いが彼に届くのなら。立香はそう願わずにはいられなかった。