伝えたい気持ち

 痛くて、苦しくて。世の中の女の子たちはこんなことに気持ちよさを感じたり、うれしさを感じたりできているのかな。私が彼を無理矢理そうしたりしなければそれを感じられたのだろうか、などと疑問に思う。

 レイシフト先から無事にとは言いがたいものの、帰ってきた私とオベロンとサンソン。三人を見た後に、ダ・ヴィンチちゃんはすぐさま立香だけを別室へと連れて行った。そうして最低限の人数以外には非公開とされた身体検査とその結果。

 元々見た瞬間に何があったのかは理解できていたのかもしれないけれど、体内に残っていたエーテルの名残と破瓜による出血跡によって、誰と何があったかは理解されてしまった。君を守り切れなくてごめん、と視線を下げたままに言うダ・ヴィンチちゃんは本当に悲しそうで、大丈夫ですよと言いながらも気を遣っていることがバレバレな様子で空元気に過ごすしかできなかったのであった。

「……はぁ」

 一人きりになるとついため息をついてしまう。今もお腹の中、子宮と膣が引きつっているような、膣内にまだオベロンのモノが挿っている、そんなわけがないと思える感覚がした。

 自分から襲うような行動を取ったくせに、オベロンから見たら無様だったろうなと思う。なんとか自分の膣内にオベロンの全部をおさめたけれど、その時点でどうしたら良いか分からないほどの痛みで小さく呻く。オベロンも苦しそうだったけれど、だんだんと魔力供給がされているのか、少しずつだけれど顔色も良くなっていた。

 慣れるまで。でもそれほど時間はかけられない。そう思って無理矢理動いた。オベロンも私もただただ繋がったところから供給されるごくわずかな魔力に頼って、そうして熱を放出するまで、無理矢理ことに及んだ。

 初めては好きな人ときれいなベッドの上で。例えば夜景を見た後に食事をして、そのままホテルに行ってやさしくキスをされて……とか。そんな漫画に書かれているような少しだけ恥ずかしいことを考えていた頃。自分の処女は森の中で相手を助けるために差し出すのよ、なんて言われても信じられなかっただろうけれど、それが現実。そもそも私はオベロンを抱くどころか、キスをする気すら、緊急事態じゃなければなかった。オベロンのことが好きだと自覚しても、彼に想いを告げる気もなかった。ただ、彼が退去するときまで一緒に入れれば良い、そう思っていた。隣に一緒にいて、それで時々言い合いをして、笑い合って。それだけで十分だと思っていた。

 オベロンを無理矢理レイシフト先で抱いてから、彼とは会っていない。それでも私がマスターとして振る舞うのであれば、きっと真面目な彼のことだから、私に合わせてサーヴァントとして振る舞ってくれるだろう。

 いい加減外に出なければマシュたちにも心配をかけてしまう。そう思って部屋を出た。そうして誰かとぶつかる。

「いっ!」

「わるいな、マスター」

 ぶつかった鎧が解かれる。一歩引いて私は相手を見上げた。

「アーラシュ?」

「おう、お前さんがそろそろ出てくると思ってな。本当はレイシフト前に寄ろうと思ったんだが……よければ話さないか?」

「うん、いいけど」

「あいつに後で会いに行くんだろ。俺の目はよく視えるからな。話が終わった辺りにでも、あいつがどこにいるか視てやるよ」

 だから良いよな。爽やかに言ってくるのに有無を言わさない言い方に頷く。そうして食堂の中でも比較的人がいない場所に二人で腰を下ろした。

「それで、アーラシュから話って珍しいけど……どうしたの?」

「あー、それはな……お前さん、こないだのレイシフトで怪我をしたし、編成を組んでいたやつらを全滅させかけただろ?それを今から謝りに行くのかと思って、な」

「まあ、謝りには行くと思うけど」

 怪我をしたとは、遠回しに全滅した後に魔力供給したことを言っているのだろう。それに関して謝りに行くと言うことについて、とは。目の前のアーラシュを見ると彼はそうだと肯定の頷きをする。

「お前さんが無理をした状態で妖精の兄さんのところに向かわせるのはあまり良くないと思ってな」

「もしかしたら人類史滅ぼしてやる、とかオベロンが考えだしたり?」

「まあそれもあるが、お前さん、ものごとをちょっと抱え込みすぎてないか?」

「そう、かな?」

「一緒にいれれば佳い、笑い合える関係だったらそれで佳い、そう思ってないか?」

「……」

 思っている、それは思っているよ。そう心の中で呟く。いつかは消えてしまう存在だから、残される私が彼の全てを求めるのは罪深いだとか、消えたときに傷をなるべく残したくないとか、そんなことを考えてるよ。

「こういうのは俺の役割じゃあないと思うんだが、姉さんたちの視線が痛かったんでな。……お前さん、少しはわがままになった方が良いと思うぞ」

「それ、オベロンにも似たようなことを言われた気がするんだけど」

 汚部屋の中でチョコレートのお返しを望んだとき、少しは強欲になったじゃないかと喜んでいた気がする。それでも、ここで強欲になってしまったら、この間処女を失ったときよりも傷が残るんじゃないの? 強欲になることに怯えが混じる。いつからこんなに弱くなったんだろう。これも彼に恋をしたから、だから。

「お前さんはもっと弱くなって佳いんだ。そんなマスターたちを守るのが、俺たちの務めだろう?」

「でも、わたし、人類最後のマスターとして強くならなきゃ」

「人類最後でもお前さんはお前さんだ。お前さんらしく生きれば佳い。生ききればいいんだ」

 生ききって欲しい。ナイチンゲールが言っていたことを思い出す。沢山のサーヴァントに今までも同じような言葉を投げかけられた。

 私は私として生きていて良いのかな、強欲になっても、オベロンのことをもっと求めても良いのかなと思う。

「マスターが心配している通り、俺たちサーヴァントはやることが終わったらすぐに退去するような儚い存在だ。でもな、消えるのが悲しいなら、消えて欲しくないなら、お前さんが覚えていれば佳い。それだけで兄さんも喜ぶと思うぞ?」

「そんなこと」

「それにマスターはサーヴァントが消えて自分が残るのが当たり前だって思ってるみたいだけど、それは人間にだって当てはまるだろ?」

「人間にも?」

「そうだ。人である限り、生き物である限りいつかは死んじまう。それが遅いか早いか、それぐらいだろう? マスターだって経験はあるだろう」

 ロマニの顔が思い浮かぶ。確かに私は大切な人に残されて、それでも今を生きている。

「そういうことだ。サーヴァントであれ人間であれ、どっちが先になくなるかなんて分からないし、生き残った方は生き続ける。思い出をいつまでも心の中に宿して、な」

「そっか……」

「んじゃ、そろそろ俺から伝えたいことは終わりだ。兄さんはっと……マスターの部屋の近くにいるから、部屋に戻れば会えると思うぞ?」

「わかった、ありがとう。アーラシュ」

 お礼を言って立ち上がる。  いつかは消えてしまうと確定している存在と恋愛をすることなんて不毛だと思っていて恋愛感情を押し込めていた。それでも、いつかいなくなってしまうのは人間だって同じだし、消えた後だって心に残しておくことはできる。そうだと気づいてしまったのだったら、私はこの気持ちを止めるなんてことはできなくて。そうして自室まで走り出すのだった。