一臨の姿に何故かなった彼の姿に残念だと思いつつ、二人で改めてベッドの縁に座る。セックスをするために部屋にいると考えると恥ずかしくなってしまうけれど、それでもなんとかそれを悟られないように、心を落ち着けた。
「さて、一回だけ抱くって言ってたけど、それ以外はどうするんだってきみは思うだろうね。それは当然さ。僕だって初めてこれを知ったときには、なんだこれって思ったからね」
「オベロンもそう思ったんだ」
「それはそうだろう? セックスっていうのは愛情を確かめる行為でもあるけれど、挿入してから射精するまでの平均時間を知っているかな? それと比べたらこれからするポリネシアンセックスなんか正気の沙汰じゃない」
四日のあいだ二人で高め合って、精神的なつながりを強くしたところでセックスをする。それにそのセックスも挿入をして腰を一切動かさない。それでも精神的満足感を通常より得られた状態で絶頂に迎えられるというものなのだという。
以前に一度、魔力供給としてオベロンを無理矢理抱いたことがある。自分も初めてで、オベロンもその身体だと初めての状態であった。初めては痛いかもしれないということだったけれど、それは痛いなんて言葉で表せるようなものではなかった。痛いし、苦しいし、血は出る。そんな状態で無理矢理腰を動かして、彼に体液を通して魔力供給を行ったのだった。
付き合う前の黒歴史とも言える私たちの初めてだったけれど、それをやり直そうと、なるべく優しくしようと思ってなのか、ポリネシアンセックスを提案してくるオベロンに、やっぱり彼と恋人になって良かったと思う。
「それでも、その、するんでしょ?」
「ああ、きみさえ、よければね」
嫌かな? 顔を近づけてくる彼に反射的に目を閉じる。あと数ミリでキスをしてしまう。そう思っていると、ふとその熱が離れていくのを感じた。
「危ない、危ない」
「え?」
「キス。一日目はしないんだって」
ごめんね。その言葉と共に押し倒される。目の前には汎人類史の空より濃い青色の瞳が見えた。そのままやっぱり近づいてくるけれど、目は閉じず、キスもせず。ただ、ただ見つめるだけ。
「えっと」
「一日目はこうやって見つめ合うんだって。服は脱いでだけどね」
「そう、なんだ」
脱がして良い? だなんて楽しそうに聞くものだから思わず頷いてしまう。本当に嬉しそうにする彼の姿に、アゲハチョウに似た翅を持つ彼はやっぱり彼とは違うように見えて落ち着かない。やっぱり私は……。
「きみはやっぱりこっちの方がすきなんだ?」
「ううっ、ごめん」
髪色は月の光のような銀から、夜闇のような暗い色へ。姿も口調も変化する。少しだけ荒っぽくなった手つきで、礼装のシャツを脱がされていく。
「別に俺は気にしないけど、きみが罵倒されたりするのが好きな特殊性癖があるってことが分かっただけ面白いよ」
「べつに特殊性癖ってわけじゃ」
「もういい、黙って服脱いで?」
「脱ぐ、脱ぐからちょっと待ってって!」
色気もへったくれもない声をあげそうになってオベロンを睨む。オベロンだってまだ脱いでないじゃんと指摘すると、面白そうにニヤリと笑った後に、俺の裸に興味あるわけ? と言われてしまった。何を言っても墓穴を掘るというのはこういうことを言うのだろう。もうこれ以上会話をしても変なことを言ってしまうかもしれないと口を噤んだ。
「こういうときは会話も楽しむものだろ?」
「会話をおかしくしてるのはオベロンだと思うけど」
「仕方ないだろ、俺の特性上何をしても歪むんだからな」
「それは分かってるけど、それにしてもわざとっぽい……って」
シャツを脱がされて、スカートも下ろされる。履いていたブーツはとっくに放り投げられて部屋の入り口近くに着地。下着だけになった途端に少しだけひんやりと感じる部屋の空気と恥ずかしさにシーツにくるまりたくなる。それでもさせてくれないのが目の前にいる妖精王。シーツをつかもうとしたところで、その手を捕まれた。
「えっと……?」
「きみは、俺も脱がないのかって言っただろう? それだったら脱がせてくれないかな?」
「な、えっと、脱がせるって」
「恋人だったらそれぐらいしてくれるだろ? それとも何? 初めての時は脱がせてきたのに、今更何も知らないふりするわけ?」
「あのときのことは……分かった。でも恥ずかしいから」
「電気は消さない方がきみのこと見れるだろ? それとシーツも、室温はそんなに低くない」
きみの服に隠れてる傷跡がどうなってるかなんて今更な話だしね。そういうの、俺が気にするって思った? 少しだけ思っていることを言われて、視線を思わず彷徨わせた。
オベロンが脱いだところなんて上半身ですらしっかりとは見たことがない。けれどきっときれいなんだろうなと思う。それと比べて私の身体は。特異点へ向かうたび、空想樹を切除するたびに増えていく傷。大きな傷は医療班の皆で隠れるようにしてくれているけれど、それでも残る細かな傷。可愛くもない。むしろ醜いかもしれない身体を見せるのも、傷一つない好きな人の肌を真っ直ぐ見るのも自信がない。
「まったく、本当にきみはおもいっきりがいいと思ったら、こんなところで躊躇するなんてね。さっき言ったとおり、俺は気にしない。その上で脱がせたくないってことは、俺とは寝ないってことになるけど」
「そ、それは嫌」
「じゃあシーツ握ってないで脱がせて。ほら、確かにボタンは多いかもしれないけど、脱がせるように協力はするからさ」
頑張れ、頑張れ。
殺意がわくような声色で言われて、ああ、オベロンってこんなこというひとだったなって思い出す。いっそのこと令呪を使って脱がしてしまおうかとも思ったけれど、それはそれで脱がせてくれたオベロンに対してフェアじゃないと考えて、手をかれのシャツにかけた。
一つ、二つ。ボタンを外していく。シャツの隙間から見える肌に恥ずかしさがどんどんと高まっていく。全部外して、シャツを脱がせて。下も脱がせなきゃいけないのかな、と思ったところで霊衣を解かれた。
「えっ、何で?」
「なに?こっちも脱がせたかった? それは残念。だけどこのまま待っていたら朝のひばりも鳴き出してしまうと思ってね」
「何それ……って、下着も脱がすの?」
「当たり前だろ。脱がせないでどうするんだ」
言い合いをしながらも上も下も脱がされる。されるだけは、と羞恥心を捨てて彼のパンツに手をかけて。生まれたままの姿で二人で横になる。そうしてそのまま近づいて、見つめ合った。
「……これ、脱いでる必要あるの?」
「さあ?」
「まあ、お互いの裸に慣れておこうって言うのは分かるけど」
「じゃあ、それでいいんじゃない?」
「適当だなぁ」
こちらを見ているオベロンの瞳を見つめる。空の青より深い色。きれいだなと、目が離せなくなる。普段はこんなに見つめることもないから恥ずかしいけど、それでも彼の目に様々な感情がのっているように思える。それは彼が元々持っている、全てに対する嫌悪感だったり、負の感情。けれどそれだけではなく、どこか穏やかで、それでいてくすぶるような熱っぽい何か。そこまで気がついてはっとした。
欲情、してるのかな。そう思わせるような熱のこもった瞳で見つめられる。そんな瞳で今まで見られたことなんかなかったからどうしたら良いのか分からずに視線を動かした。それでもその視線を一度感じてしまったら逃れられなくて、震える子ネズミのようにオベロンを見る。
「はは、何その表情。面白すぎるだろ。今になってようやく気づいたのも笑いが誘われるんだけど」
「うぅ……だって、今までオベロンそんな目で見てきたことなかったじゃん」
「そんなことはないけど?」
付き合う前も付き合った後も、私が彼を見るといつだって仕方がないといった表情だったじゃない。 本当に彼は嘘つきだと思う。けれど、そんな嘘も許せてしまえるぐらいには彼のことを好きになってしまっている自分がいる。少しでもそんな気持ちが伝わればと思いながら、彼の瞳をこちらも覗くのだった。
