真っ赤に色づく紅葉が一枚。窓の隙間からベッドに滑り落ちる。それに手を伸ばすのは、一世紀近くを生き抜いたしわくちゃな手であった。ベッドに眠っていたおばあさん――幸子は、年齢を感じさせない手つきでそれを拾い上げ、光に透かして見るように見つめた。
ああ、全く以てあのときの紅葉に似ている。幸子は微笑みながらそう思う。走馬灯のように昔のことを思い出し始め、もうすぐ自分は死ぬのだと理解しつつ、目を閉じる。
手に持っている紅葉のような立派で真っ赤な紅葉を見たのは初めてのデートであった。お見合いをした相手に初めて誘われたのは登山。急にそんなものに呼び出されるとは思っておらず、ただ車でどこに連れられていくのかも分からずについていった先が山であった。幸い、本格的な登山ではなく、いわゆるハイキングコースといわれるような場所だったから良かったものの、しっかりと汗をかいてしまった身体が少し不快であった。
山頂に着く前。秋の綺麗な景色も目に入らず、ただただ帰りたいという気持ちばかりが膨らんでいた。それでも前を進む、旦那になるであろう人についていった。何が楽しいのだろう。そう思っていたけれど、ただただ、石を踏んで滑ったりしないように気をつけていた。
「さて、ついたぞ」
目の前の男の人の声に顔を上げる。ようやく、やっと。そして目に入ったのは色とりどりの宝石よりも美しい光景。そして、これを見せたかったのだという男の顔。
山頂で見た美しい景色に、そこで二人で食べたおにぎり。それがいつまで経っても思い出の中に残り続けるのであった。
