月が綺麗ですね

「月が、今日はきれいですね」

「うん、そうだね」

 屋敷へ帰り、服を着替える。お屋敷付きも今日は暇を出しているからアドニスと二人きり。そう思うといつもより腕によりをかけて料理を作りたくなり、数十分後にはお皿に乗りきらないほどの豪華な料理ができあがっていた。

「■■■■■」

「アドニス、今出しますね」

 多く作りすぎたかしらと思いつつ、料理を慌てて運ぶ。アドニスのことだ。料理に目を奪われて転んでしまうかもしれないし、今日も沢山歩いたから、あまり無理をさせすぎてしまうと体に障ってしまうだろう。テーブルに料理を並べて、アドニスを近くの席に案内し、別の椅子にかかっていたブランケットを彼の膝にかける。暖炉に火をともすには暖かいけれど、少し肌寒くなっているこの季節。ありがとうという彼の言葉に心が温かくなった。

 一緒に食事をとってからアドニスの希望で東屋に向かう。ふらふらとする彼に車椅子を持ってくるかと相談するも、歩けるうちは歩きたいと言う言葉には何も言えず。二人で薔薇と月を眺められる場所に並んで座る。夜露に濡れた薔薇に反射する光が二人を淡く照らす。こんな時が続けばいいのに。でもそれは続かないのでしょう。

 白昼夢で見た未来に胸がぎゅっと締め付けられる。私はこのか弱いともいえる命さえ喰らい、そうして壊れてしまう。今はそんなことはしないと思っているけれど、それでもそれをしないとは言い切れない。そうしてそれが起こった暁には、私はきっと……壊れきって、夢と同じ道を歩むのだろう。この妖精國のすべてを喰らい尽くす黒い犬。それが私の本来の姿なのかもしれない。けれど。

「■■■■■」

「何でしょう」

「ぼくは、きみに心配をかけてしまっているね」

「そんなことは」

「僕の命はきっと、あともって一年あるかないかだと思う。それは人間だからわかっていたことなんだ」

「……」

「それでも■■■■■、君と出会って、こうやって一緒に過ごしていると、怖いと思うんだ。僕は、君とこうやって過ごすことができる時間を、何にも変えられないものだと思っているんだ」

「私は、私も……」

「■■■■■?」

 私だって怖い。あなたと過ごしていてもふと思ってしまう。いつかはあなたと別れることを。その別れが貴方の寿命なのか、それとも私が自分の本能に打ち勝てずに喰らってしまうかはわからないけれど、それでもただ怖いと思う。貴方がいなくなってしまうこと。それが怖い。

「私も、貴方と同じで、怖いと。そう思ってしまうことがあるのです」

「そう、なんだね」

「も、もちろん私に恐ろしいことはありません。ただ、貴方と一緒にいると落ち着くことができる。その時間を愛おしいと思えるのです」  貴方のことが愛おしい。それを素直に口に出すことができないことに、内心自身を叱責する。それでも彼には思いが通じたようで、うれしそうに微笑むものだから。私は目を瞑り、なるべく小さくなることしかできなかったのだった。