マンチェスターの町並みを眺めつつ、車椅子を押す。アドニスはとうとう自力では歩けなくなってしまっていた。自動で動かせる技術も■■■■にはあると理解していたものの、そんなものは妖精國には無い。キイキイと小さくなるずいぶんと軽いそれを押しながら、言葉をかける。寒くはないか、お腹は空いてはいないか。気分は悪くないか。本当に■■■■■は心配性だなあと笑うアドニス。それは当然だと思った。
こちらが気遣うことをしなければ無理なほどに動いてしまう。冬の終わりから車椅を使うようになったのだってそのためだった。
一人でふらふらとした足取りで頼りなく、一人で歩くことも多かった彼。けれども少し歩いては休み、歩いては休みを繰り返す。その顔には疲労の色が濃く、だんだんと最後への陰が迫っていることは分かっていた。三十歳までも生きられない。出会った頃にはすでに松葉杖をついていた彼。最初はそれでもそんなものがなくてもよかったけれど、今は車椅子が必需品だ。先は長くない。
街のあちこちで咲き誇る花に春の気配を感じる。赤、白、黄色とチューリップが広がっている庭に顔をほころばせながら一緒に進んでいくと、ぐぅ~、と音が聞こえた。
「アドニス、やはり」
「……うん、ごめんね。■■■■■」
きみと一緒にいるのが楽しくて、つい忘れてしまっていたみたいなんだ。空腹からだろうおなかの音が耳に入った。全く、しかたがないですわね、と少し待っているようにとパン屋の前で待たせる。アドニスが待っているのだから早く選ばなければと店に入って挨拶もそこそこに品物を選び、買ったものを抱えた。
栄養もあって、色鮮やかで、食欲を刺激するようなものが良いだろう。それから食べる場所は、見晴らしが良い場所が確かあったはずだと思いつつ、店を出る。
「お待たせいたしました」
「ううん、待ってないよ。せっかくだから■■■■■と一緒に食べられる良いところがなかったかなって考えていたんだけれど」
「ええ」
「ここの道を進んだところに、丘があるみたいだからどうだろう」 そうでした。確かこの街の外れには小高い丘のようなものがあったはずですと思い出す。もちろんですと返事をし、アドニスに買ったパンの入った紙袋を手渡して車椅子を再び押し始めた。
