しんしんと雪の降る中。もう限界だと、エネミーから逃げ切ったマスターは雪に身体をあおむけの状態で沈める。本来であったならば、そんなことをしたら凍傷の危険性もあることは分かっている。ただ、両足に怪我を負った状態で、腕に矢を受けた状態で。無理やり体を動かして逃げ切ったその体には、これ以上今動くのは難しかった。
「きみ、死ぬの?」
黒に近い濃い色の髪の毛。立香の瞳にかろうじてぼんやり見える青い瞳は空を映しているよう。定まらない思考を読まれたのか、ちっという音が響いた。
「まだ、死ぬつもりはないけど、そのうち死ぬことにはなるかな?」
「案外、汎人類史も脆いもんだな」
「あはは、確かに。私が死んだら終わりだもんね」
可笑しくもないのに笑いがこみ上げる。私が死んだら人類が終るだなんて、そんなことを立香はあまり考えたことはなかった。ただ生きるために動き続けている。それだけだった。
「なあ。俺が……今終わらせてやろうか?」
楽になってしまえばいい。もう戻れないなら壊れてしまえばいい。近づいてきたのか、はっきりとした視界に映るオベロンの顔。その顔に立香は微笑みかける。
「ううん、今はいいよ。だってここ、オベロンの領地だった場所みたいに、綺麗で、あたたかいところじゃん」
きっとこれは幻覚なんだろうなと藤丸立香は笑い始める。ここはウェールズの秋の森ではない。ましてや吹雪いてきている雪山だ。オベロンは再び舌打ちをして、再臨段階を変えて白い外套を立香に被せる。雪に埋もれているけれど、これならば助けに来るまで幾分かましだろうとそのまま巻き付ける。そうして、せめてと目を閉じさせて現実も幻覚も見せないようにさせる。 きみの最後はなにもない。真っ暗で、落ちていることだけを感じられる場所であればいい。一瞬浮かんだ思考と、雪風の寒さに嫌悪を感じつつ、まだ死ぬつもりはないと言った立香に、その通りに事を運んでやるかと考えるオベロンであった。
