一次創作

紫スミレ

「うふふふふ、そうよね」「そうね、本当に」 薔薇が咲き誇る庭に、白いテーブルと椅子。その椅子に座っているのは3人の婦人。いずれもこの庭を所有している主人の娘達であった。世間話をしつつ、時に笑い合いながら紅茶に口をつける。紅茶の中には砂糖漬け…

行列

 大量のフラッシュと共に花束を差し出される。それ卯を受け取ってお辞儀を深く行うと、さらにフラッシュが焚かれる。フラッシュの光によってかすみ草の影がちらほらと動く様を見て、私は昔懐かしい光景を思い出していた。 確か小学生の頃だっただろうか。今…

おにぎり

 真っ赤に色づく紅葉が一枚。窓の隙間からベッドに滑り落ちる。それに手を伸ばすのは、一世紀近くを生き抜いたしわくちゃな手であった。ベッドに眠っていたおばあさん――幸子は、年齢を感じさせない手つきでそれを拾い上げ、光に透かして見るように見つめた…

記念日とクリームソーダ

 今日は、カレンダーに載っているどんな祝日でもない。ただの平日。特別なセールもイベントもない、普通の一日。けれど――私たちにとっては、大切な記念日だった。 初めて触れられて、怖くなかった日。過去に何度も震えた指先で、あの日だけは、自分からそ…

部屋へのお誘い

 何気なく繋いでいる手の仲に、ずっと言えない言葉がたまっていた。別に特別なことをするわけじゃない。それでも、自分の場所に彼を招くというのは、私にとって――すごく、大きな事だった。 この前のカウンセリングで医師に言われた。「あなたがここまでは…

何もできなかった気持ち

 サークル活動が終わったあと、片付けも終わり、他のメンバーがそれぞれ帰って行く中。サークルが入っているビルの裏手の少しだけ風の通るベンチで、二人の男が座っていた。 一人は静かで品のある長身。一人は前述の男よりさらに背の高い、どこか飄々として…

何度も繋がれる手と想い

 あれから、何度も手を繋いだ。サークル帰り、人混みの道、少しだけ冷たい夕方の空気の中で。 どちらともなく手が近づき、指先が触れるたびに、今なら良いかもしれないと思って、何も言わずに指を重ねた。最初のあの日だけが特別なわけじゃなかった。むしろ…