一人の青年と一人の女性として
待ち合わせは、午前十一時。まだ少し肌寒さの残る春の風が、通り過ぎるたびに頬をかすめていく。 私服姿で並ぶのは、ずいぶん久しぶりだった。「お待たせしました。朝比奈さん」「いえっ、わたしも今来たところです!」 軽く笑い合うその瞬間から、空気が…
Novelつないだ手、最初の一歩,一次創作,余白の庭シリーズ,凪なつ
隣にいても、いいですか?
金曜の夜。仕事帰りのビル街には、オフィスの残光とコンビニの灯りがゆるやかに滲んでいた。にぎやかすぎず、静かすぎない空気の中で、なつめは立ち止まったままスマホの画面を見つめていた。「今日もお疲れさまです」「今度、少しだけお話できませんか?」…
Novelつないだ手、最初の一歩,一次創作,余白の庭シリーズ,凪なつ
変わらずに在り続けること
夕凪未来は、自分の感情に疎い方ではなかった。むしろ、客観的に物事を見て、感情の動きにも整理をつけながら過ごす日々に慣れていた。けれど、それはあくまで整理できる範囲の話であって、どうしようもなく胸に残る空白には、まだ名前を与えられずにいた。…
Novelつないだ手、最初の一歩,一次創作,余白の庭シリーズ,凪なつ
彼女の隣にいたい理由
「合格、しました」 その報告は、サークル活動の帰り際、ふいに差し出された一枚の紙とともにだった。そこに記されていたのは、見慣れたロゴとともに印字された四文字。『基本情報技術者試験 合格』。なつめの手元で、白い紙はほんの少しだけ震えていた。「…
Novelつないだ手、最初の一歩,一次創作,余白の庭シリーズ,凪なつ
様子が違う
最近、朝比奈なつめの様子が少しだけ違っている――そう感じたのは、夕凪未来がふとした瞬間に目を向けたときだった。 視線が合ったとき、ふいっと逸らされる。呼びかければ返事はあるが、ほんの少し声のトーンが高くなる。距離を取られるわけではないのに…
Novelつないだ手、最初の一歩,一次創作,余白の庭シリーズ,凪なつ
変わってしまったのは
『……いい男の人だよね』 紫苑の何気ないその一言が、なつめの心にいつまでも残っていた。 何度も反芻するたびに、その言葉がただのからかいではなく、自分が今まで見落としていた視点を突きつけるようなものだったと気づく。夕凪未来は、サークルの代表で…
Novelつないだ手、最初の一歩,一次創作,余白の庭シリーズ,凪なつ
男のひと
昼休みの終わり、サークル室の扉をそっと開けたなつめは、手に一枚のカーディガンを抱えていた。淡いグレーの柔らかな生地は、丁寧にたたまれていて、その端には小さくシワが残っている。それは、夕凪未来のものだった。 直接、お礼を言えるかな。……起き…
Novelつないだ手、最初の一歩,一次創作,余白の庭シリーズ,凪なつ
カーディガン
「ん、……あれ?」 ぼんやりとまぶたを持ち上げたとき、視界の端に淡いグレーの布が映った。肩に、何かがふわりとかかっている。指先でそっと触れると、それはほんのりと人肌のぬくもりを残したカーディガンだった。「これ、夕凪さんの……?」 まだ少し眠…
Novelつないだ手、最初の一歩,一次創作,余白の庭シリーズ,凪なつ
知りたい気持ちと少しの寂しさ
サークル室に、夕方の陽が差し込んでいた。柔らかなオレンジ色の光が、カーテン越しにぼんやりと床を照らしている。空気は静かで、まだ少し冷たさを残した季節の匂いが、ほんのりと漂っていた。 その中で、なつめは机に突っ伏すようにして眠っていた。ペン…
Novelつないだ手、最初の一歩,一次創作,余白の庭シリーズ,凪なつ
模擬問題
「あの、夕凪さん」 サークルの活動が一段落し、メンバーたちがひとりまたひとりと帰路についたあと、片付けをしていたなつめが、不意に声をかけてきた。小さく通る声。けれど、その背中越しに届く声は、どこか少しだけ震えているようで。夕凪は動きを止め、…
Novelつないだ手、最初の一歩,一次創作,余白の庭シリーズ,凪なつ
見せない努力
週末の昼下がり。サークルの活動日でもないその日に、夕凪未来は近所の大型図書館の一角で調べ物をしていた。たとえば、『部下が話しかけやすい上司の条件』や『炎上案件を避けるためのマニュアル』。あるいは、『沈黙力』や『伝わる説明の技術』。夕凪が向…
Novelつないだ手、最初の一歩,一次創作,余白の庭シリーズ,凪なつ
買い出し
「このファイルケース、仕切りがついてて便利そうですね。会計の書類整理に使えそうかも」「そうですね。あと、レシート保管用にポーチもあるといいかもしれません。中身が見える透明なものだと、確認しやすいので」 文具売り場の一角で、なつめと夕凪のふた…
Novelつないだ手、最初の一歩,一次創作,余白の庭シリーズ,凪なつ