Novel

婚約記念品

「うーん」「どうしたの、お姉さん」「あ、佐久間ちゃん。ごめんね」 資料館の片隅でシオリは唸る。それは何日も前から。最初は気にしないようにしていた佐久間であったが、数日も続くと流石に気になり声をかけたのだった。「邪魔って意味じゃないから大丈夫…

親への挨拶

「そういえば結婚する前に親族に挨拶するんだったよね?」「そうだね。でも僕たちに近しい親戚って」「村の人? それとももっと別だと……」 資料館に戻り、結婚情報誌を探す。それは簡単に見つかったけれど、少しだけ古い情報が書かれていた。結婚を決めた…

結婚式をしよう

 須賀とシオリが結婚することはすぐに村中に伝わった。結婚おめでとうという言葉や、まだしていなかったの? と言う言葉、それだけではなく、出産の時には任せなさい、などと一部セクハラに近い発言もあったが、それは昔気質の村だからこそあるお節介の一つ…

プロポーズ

「ただいま、しぃちゃん」「お帰り、須賀くん!」 黄昏時の資料館。いつも通りに資料のまとめをしていたシオリの耳にブロロロといった車の音が聞こえる。村の住民のほとんどは車を使うことはなく、すぐに誰が来たのか察したシオリは事務室から出た。コツコツ…

男同士の勝負

「ところで須賀くん、最近佐久間の様子はどうだ?」「佐久間さん、ですか?」「ああ。あの事件から少しはおとなしくなったと思ったんだが、表面上だけではないことを確認したくてな」「最近は資料館に来ても閉館時間には帰るようになりましたよ?」「そうか、…

ウェブデザイン

「ふぅ……」 凝った肩をぐりぐりと回しながら辺りを見渡す。ゆうに三時間超え。その間ずっと打ち込んだり調べたり。シオリは自分には無いと思っていた才能を資料館で開花させていた。 ウェブデザイン。シオリが作っていたのは資料館のウェブサイト作りと、…

通話

『あ、須賀くんだ! こんばんは!』「しぃちゃん、こんばんは」 電話越しに聞こえる声が懐かしいようにも思え、たった一言自分の名前を呼ばれるだけで胸が張り裂けそうなほどに嬉しい気持ちで溢れる。それでも平静を装い、こんばんはと挨拶をした須賀の背景…

十年後の約束

 霧雨が降る森の中、ことりおばけは成仏して、森番の必要は無くなった。須賀の声は戻り、そうして『これから』を考えることができるようになり、そうして悩むことになった。「しぃ、ちゃん」「なぁに、須賀くん?」 シオリと須賀がことりおばけとの約束をし…

記念日とクリームソーダ

 今日は、カレンダーに載っているどんな祝日でもない。ただの平日。特別なセールもイベントもない、普通の一日。けれど――私たちにとっては、大切な記念日だった。 初めて触れられて、怖くなかった日。過去に何度も震えた指先で、あの日だけは、自分からそ…

部屋へのお誘い

 何気なく繋いでいる手の仲に、ずっと言えない言葉がたまっていた。別に特別なことをするわけじゃない。それでも、自分の場所に彼を招くというのは、私にとって――すごく、大きな事だった。 この前のカウンセリングで医師に言われた。「あなたがここまでは…