「藤丸立香。レイシフトから無事帰還しました」
「よく来てくれたね、立香ちゃん。今回のレイシフトは」
「シャルル=アンリ・サンソン、ですよね?」
セイレムの地から帰ってきた藤丸立香はさっそくと呼び出される。レイシフトの影響がないか身体のチェックを受けて、それから、精神のチェックも受けることとなる。いつも精神のチェックを担当している職員には申し訳なく思うけれど、今回はうまく話せないかもしれない。そう思いながら立香が部屋を開けると、ダヴィンチ女史がメディカルルームの椅子に座っていた。座りたまえと椅子を案内されて、そうして冒頭のやり取りとなる。
「ああ、そうだね。彼のことを中心に聞きたい。そう思っていてね」
「大丈夫ですよ。ただ、やっぱり、自分でもうまく呑み込めていないみたいで……少し話を聞いてもらえないかなって」
シャルル=アンリ・サンソン。藤丸立香にとってマシュの次に召喚され、特異点を駆け巡っていたサーヴァント。彼との絆も連携も確かなものであり、ダヴィンチ含め職員も安心して彼らをセイレムの地へと送っていた。その結果がサンソンの未帰還。詳細は藤丸立香の口から語られることになった。
「……、以上がセイレムで起こった出来事、です」
セイレムの地での行動。途中から単騎行動をとって、ラヴィニアを庇うことで処刑されることとなったサンソン。半受肉状態となっていたことから、セイレムの地から彼はかえることなく消滅したのだった。
「君は、サンソンの願いを理解したんだね」
「うん」
聖杯にかけたい願いはあるけれど、声高に言うほどのものはない。いつか言っていたことはこのことだったのだろう。自身が裁かれること。そうして罪を受け入れて、終わること。それを理解して、私は。
「ダヴィンチちゃん」
「ん、何だい?」
「その、サンソンのことだけれど、私は彼を再召喚したくないって思うんだ」
物理的に再召喚することはできる。それでも、私と一緒に最初から過ごしていたサンソンはあの地で幕を終えたのだ。自分の願いを叶えて、それで生ききった。それをもう一度、無理やり引きずり出すなんてことはしたくない。たとえ、私がどう思っていたとしても、彼は彼であることを終えたのだ、藤丸立香はそう思った。
「君だったら、そう言うと思っていたよ。けど、本当にそれでいいのかい?」
「うん。私は、彼のことを……でも、それだからこそ、彼を眠らせてあげたい。再召喚して、まっさらな彼と短い時間で思い出を作ることもできるけれど、それはしたくない」
彼の死を汚したくない。これは私のエゴだけれど、彼を眠らせてあげたい。彼の死を無駄にしたくない。立香は下を向いて座ったまま、スカートに皺ができるほどにぎゅっと握りしめる。
好きだから、いなくなってほしくないのは本当だけれど、立香にとって一緒に過ごしてきたシャルル=アンリ・サンソンは、終局まで彼女を励まし、最後の一撃を加えたあのサンソンなのだ。まっさらなシャルル=アンリ・サンソンではないし、立香の知る彼はセイレムで眠っている。
セイレムから退去する前、絞首台で首を吊っていたサンソンを回収して埋葬したとロビンフッドから聞いた。それは誰にも汚されることのない森の中。彼が言っていたのなら本当のことなのだろう。蘇ることも、誰かに眠りを汚されることもない場所で、静かに眠っているのだ。
だから、この選択をしたことは間違いではない。泣いてはいけない。立香はスカートを握り締めたまま、泣きそうになった顔をあげずにいた。ダヴィンチはそんな立香を寂し気に見つつ、小さくため息をつくと、大げさに声をあげたのだった。
「立香ちゃん。立香ちゃんがそう決めたのは分かったけれど、こちらとしても伝えなければならないことがあってだね」
「ダヴィンチ。それ以上は僕から伝えさせてはくれないでしょうか?」
「ああ、いいとも」
聞こえるはずのない声。失礼しますという声とともに入室してきた、黒い外套に白髪の彼。ダヴィンチのすぐ横に立ったサンソン。下を向いて涙目になっていた立香は嘘でしょうと顔をあげる。目の前にいたのはシャルル=アンリ・サンソン、その人物。涙目のまま口をぽかんと開けている立香に、サンソンは近づく。
「ただいま、かえりました」
「さん、そん?」
「ええ。ただ、リツカの知るサンソンとは少し違うかもしれませんが」
「あの、最後まで私についてきてくれるって言ってた、サンソン?」
「それは、ええ」
僕にはセイレムという地での記憶はありませんが、それでも貴女のサンソンですよ。そう言ったサンソンに立香は飛びつく。
サンソンの再召喚は立香たちがセイレムから戻ってきたときと同時期に起こっていた。誰が召喚したわけでもないのに、リソースが割かれ始める召喚部屋のサークル。きらきらと輝く中、こんなことは起きたことがないと職員たちは慌て、最高指揮となっていたダヴィンチを呼ぶ。何があってもいいようにと、他数騎のサーヴァント達も駆け寄ってくる中、召喚陣の中にサンソンが現れたのだった。
「おや、僕は……確かセイレムへ向かおうと……?」
「か、確保!」
ダヴィンチの声。もしかしたら偽物という可能性もある。異分子がマスターである藤丸立香という存在を犯すかもしれない。たとえ中身が未帰還であったサンソンであっても、だからこそ、彼を信用するわけにいかない。ダヴィンチは即座にそう考えるのだった。
「それで数時間拘束と、身体検査を受けて、ようやくこうしてここに来れたわけです」
申し訳ありません。すぐにでも立香の元に向かいたかったのですが。サンソンは声をかけるも、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった立香はサンソンの身体に腕を回したまま、顔をあげない。サンソンは自分がしてしまったことを後悔はしていない。できるはずもない。けれど、立香に与えてしまった傷。それに申し訳なく思い、ただただ立香の頭を撫でるのだった。
それから数日後、食堂にて。
「最近様子がおかしかったのは、そういうことだったんですね」
「うぅ、ごめんなさい」
メディカルルームで立香が泣きじゃくってから数日。サンソンを避け続け、それを見る機会が多くなっていった。その状況を気にしたサーヴァント達が、セイレムの事情を知っていて、両者とも深いかかわりがあると判断したのがロビンフッド。ぜひ事情を伺ってほしい。そう頼まれて、彼が立香に話を聞くこととなったのだった。
「いいえ、別にいいんですよ。オレとしてはアンタが恋愛で悩んでるなんて、少しは余裕が出てきたってことで安心しましたよ」
「れ、恋愛ってそんなこと」
「あれ?違いました?」
いやぁ、違ったんだったらオレも勘が鈍ったもんだ。笑みを浮かべたロビンフッドに、分かっていてからかっているでしょうと立香は怒る。その通り、その通りだったのだ。だけれど、もっと乙女の秘密として隠して欲しい。堂々とこんな場所で言って、もし本人に聞かれたらどうするんだと立香は憤慨していた。
「ところで、そのことですけど」
「何?まだ何かあったり?」
「そう怒りなさんなって。ただ、あの坊ちゃんのことですがね?……正直マスターはどう考えてるのかって思ってまして」
「どうって?」
声色を変えたロビンフッドに立香は真面目に答える。ロビンがこうして声色を変えたときには真面目な話があった時。サンソンよりは数日遅かったけれど、ロビンフッドだって立香にとってはずっと一緒に戦ってきた仲間であった。そんなロビンがそうした言動をとったのだ。それだったらこちらも答えなければと背筋を正す。
「マスターの知っているサンソンはあのセイレムで死んだ。それをマスターはどう捉えてるのかってことですよ」
「そのこと、か」
ロビンは優しいからね。ありがとう。立香は微笑みながら言葉を続ける。
「確かに、あのサンソンはセイレムの地に還った、そう思ってるよ。でもね、私はサンソンのことをサンソンだって、そう思ってる。セイレムのサンソンではないけれど、少なくてもセイレムの直前まで一緒にいてくれたサンソンだとは思ってるよ」
そこからはパラレルワールド的な解釈になっちゃうから詳しくは言えないんだけどね。その立香の答えに、
ロビンフッドは眉間に皺を寄せる。
「納得してもらえないかもしれないけれど、サンソンはサンソン。同じ存在だと思ってる。同じ記憶を持っていて、同じ細胞……、サーヴァントで言ったら霊基だけど、それを持っていたら、同一人物じゃないかなって」
「マスターは、それでいいんですね?」
「うん。きっとあれでしょ?サンソンがそれを気にしてるのを知ってたから、ロビンがわざわざそれを聞きに来てくれたんでしょ?」
「そんなことないですって」
「それでも、ありがとう」
いつもは鈍感だったりするくせに。どこか一部だけ敏い少女に何も言えなくなるロビンフッド。おぼこい村娘だったら、さっさと引っかけてしまえるのだけれど、マスターはそんな人物でもなく、相手の状況を読むのがうまいのだった。その上で入り込んで欲しくない部分は理解している。
ロビンフッドにとってはやりづらい人物。けれど、近くにいた処刑人にとって聞きたいことは届けられたのではないかと安堵のため息をついたのだった。
夜八時。予定されていた訓練も終わり、あとは眠るだけとなった立香は警護担当のサーヴァントを誰にするか考える。最近はマシュであったけれど、どうするか。しばらく考えて、それから慣れた手つきで彼女を選んだ。
「お疲れ様です、先輩」
「マシュ、今日も来てくれてありがとう」
「いえ。こちらこそ、いつも先輩とお話できて楽しいですから」
ありがとうございます。マシュは小さく微笑む。いつ見ても、守れたこの命は本当にかけがえのないものだ。そう思いながらもこっちに来て欲しいなと立香は自分が座っているベッドの隣を勧めながら口を開く。出てくるのは、今日の訓練はどうだっただとか、おやつの時間にあった出来事だとか、そんな他愛もない話。それを続ける中で、マシュはふと立香にずっと感じていた疑問をぶつけた。
「……先輩。私の思い違いでしたらですが、最近はサンソンさんと一緒にいることが少なくありませんか?」
セイレムに行く前はサンソンさんをよく警護担当にされていましたけど。マシュの一言が胸に刺さる。昼間にロビンとあんな話をしていたからだろうか、そろそろサンソンと話したいと思っている気持ちはあった。けれど、再会した時に抱き着いてしまったこと、ダヴィンチしかいなかったとはいえ、人目も気にせずに泣きじゃくってしまったことからの恥ずかしさや気まずさ。そんな
ものから、立香はサンソンを警護担当とできなくなっているところもあったのだった。
「マシュもそう思っちゃうか。そうだよね、やっぱり……避けているように見えたりしたかな?」
「それは。……そうは思いませんが」
「ちょっとうまく言えないかもしれないけれど、サンソンに抱き着いちゃって。それから気まずくなっちゃって」
抱き着く、といったところでマシュの様子を伺ってみる。少し恥ずかしそうにしながらも、立香の話を遮ることはない。それを確認してから、起きたことを説明した。
「……それで、涙も鼻水もタオルで拭いてくれて、落ち着くまで頭も撫でてくれたんだけど、それが恥ずかしくて。マスターとしてちゃんと状況報告とかいろいろとしなきゃいけないのに」
藤丸立香として泣いてしまった。一人の人間として行動してしまったことを恥じる。それを見られてしまったのが、あの真面目なサンソンだったからこそ、最近彼と一緒にいることができない。
一度開いた口は止まらず、そのまま思いを全て打ち明けはじめた。最初はセイレムから帰ってきてからのサンソンとのこと。それだけだったけれど、セイレムに行く前の釈然とした不安、絞首刑にされていく者たちを見て思ったこと、蔓延る疑心暗鬼。悲しさ、苦しさ。まるで一人でノートに書きこんで隠していた時と同じじゃないかとデジャヴを感じた。
「先輩、……」
自分も不安を感じていたけれど、先輩も不安を感じて、それでも立ち上がって前を向いていたんだ。マシュはそう思うけれど、それを言葉にはできずにただ話を聞く。
いつも支えてもらっていた。前を歩く姿に、自分も共に歩んでいきたいと勇気をもらっていた。そんな先輩がふとした時に見せるどこか苦しそうでそれでいて温かな視線。それを受けることとなった、隣に立っていた英霊に胸を痛めることがあった。二人が一緒にいるときには周りが輝いているように見えて、それでいて、穏やかに時が過ぎている。そう思ったのだった。
自分は支えてもらうばかりで、先輩の役には立てていない。マシュは常にそう思っていた。そうして自分とほぼ同時期に契約を結んだ英霊であるシャルル=アンリ・サンソン。彼が隣にいるときの立香の恋をする表情を理解できていなかった。自分の胸に走る痛みの意味も理解できていなかった。それでも。それでも二人にはそのままでいてほしい、できるならば幸せであってほしい。そう思っていたのだった。
セイレムでのサンソンの行動に、マシュは静かな怒りも感じていたのだった。それでも、信じていたものに裏切
られたようなその結果があっても、立香の心は変わらなかったこと。公会堂で立香がそれを口にし、その言葉に安堵していたところもある。
つらいことがたくさんある。けれど、先輩には幸せになって欲しい。マシュのその思いは自然と言葉になっていた。
「先輩。先輩は、一度サンソンさんとお話するべきだと思います」
「サンソン、と?」
「はい。気まずいのは……わかります。でも、先輩だってサンソンさんと、セイレムのことも含めて話したいと、そう思っている。それは分かります」
「それは、思ってるけど」
立香は躊躇する。話すことで少しは楽になれることは知っている。現にマシュにこうして話を聞いてもらえて少し楽になったのだ。それでも、本人と話すことは別の話であって。それに自分の今の気持ちを話すとしたら、それは藤丸立香個人の取るに足らない気持ちすらも話してしまいそうで。
「思ってるけど、思ってるけど……」
「先輩は、先輩はサンソンさんに『恋』をしているんですよね」
「それは、……そう、だよ」
「それも含めて伝えるのもいいと思うんです。セイレムで失うことを知って、もう会えないと思っていた人と会えて。もう一度出会えた奇跡に話し合う、なんてことをしたい。そうは思わなかったのでしょうか?」
「……マシュ、どうしてそんなこと」
わかるの。マシュがどう育ってきたかは終局特異点を超える前に聞いた。それは残酷で、育った彼女は無垢で。それでも、旅の中で成長して。それで得たものなのだろうか。
「当然です。だって、私が思ったことだから。先輩に手を伸ばしてほしいと言った後。あの奇跡に私が思ったことだから。もう一度、先輩と話したいって」
目を閉じて、ぎゅっと胸の前で手を握り締めるマシュを立香は見やる。ああ、彼女は生きて、そう思ってくれていたんだと目頭が熱くなる。ただ、そう思いながらも彼女が提案してくれた機会を大切にしたいと思い……。
「マシュ、ごめんね。夜の警護のことだけれど、サンソンと変わってくれないかな?」
「!……はい、勿論です!」
嬉しそうに微笑むマシュを見ながら端末を操作し始めるのだった。
「先輩、しっかりお話してくださいね」
そう言ってマシュがベッドから離れる。入室の許可を求めるサンソンの声にマシュが応対し、それから二人で二言三言。そうして入れ違いになる様に彼が入ってくる。対して立香はマシュと話していた姿勢のまま、サンソンに隣に座るように促した。
「サンソン、急に呼び出してごめんね」
「いえ、それは大丈夫ですよ」
ですが突然どうされました?サンソンは立香に問う。それはもっともだろう。マシュから突然変更されることもだけれど、避けられていた対象から夜中に急に呼び出されるなど、そんなことあまり起きることではないだろう。しっかりと話さなければ。でも、どうやって。立香はどこから話せばいいのだろうかと考え、数度口を開いて閉じてを繰り返す。サンソンはそんな立香を見て、一度目を閉じてから声をかけた。
「マスター、いえ、リツカ」
「えっと、サンソン?」
「ゆっくりと。もし言葉が見つからないのでしたらゆっくりとでもいいのですよ」
いつまでも待ちますから。サンソンはゆっくりと息を吐き出し、そうして立香のことを見つめる。落ち着くような薄青の瞳。冬の空を思わせるような瞳が真っすぐと自分を見ている。立香は顔をほんのりと赤らめ、それからゆっくりと、思いついた言葉を口に出す。
「その、セイレムでのこと。それから、今までもだけど、色々あったよね」
「ええ。たくさんのことがありましたね」
「そのことで、話したいことがたくさんあってね」
「ええ」
出会ってから、セイレムの別れまで。立香は自分の気持ちも含めながら一つ一つ話した。サンソンは時々頷き、自分の気持ちや状況について一緒に話しながら、時間を過ごす。そうしてセイレムの公会堂での話になった。
「それで、瓶を流したのですね」
「うん」
不法投棄じゃないかと言われてしまったらそれまで。けれどあの地は消えてなくなり、想いを込めたそれも消えるのだろう。それが分かっていて、どうしても伝えたいけれど伝わってほしくない想いがあったのだ。
「あまり褒められたことではないですが、リツカはそうしたかった、そうですね」
「うん」
小さく頷く。サンソンは少し考えながら右ポケットへ手を入れ、何かを探すようにして、それからそれを取り出す。それは小さな瓶。ボロボロになった羊皮紙が入っ
ているそれに立香は覚えがあった。
「それ」
「ええ。再召喚された僕のポケットに入っていたものです」
中を見ても、良いですか?サンソンは立香に問いかける。立香は構わないけれどといった。願いを書いた羊皮紙を小瓶に入れて、そうして海に流せばいつか願いは叶う。その願いはもう叶っている。くしゃくしゃになった羊皮紙を小瓶から取り出して、そうして紙を開く。それを読んだサンソン。
「『君ともう一度話しがしたい』ですか」
「うん」
「これは、セイレムの僕と、ということで?」
「どうなんだろう。私にもわからないや。ただ、サンソンともう一度話したかった。終局特異点を超えてそれでも一緒にいてくれた君と話したかった」
それでね、と立香は何かを決意したように一度言葉を区切る。本当に伝えていいのか。これを伝えてサーヴァントであるサンソンに負担はないか。いざとなってしまったら。そんな思いが浮かぶけれど、口を開く。
「私は、サンソンのことが好きだって、それを伝えたかった」
「……、それは」
「ごめんね、重いよね。だから、私が君を好きだからって、どうこうしたいとか思わない」
でも藤丸立香として、一人の人間として最期にこの想いを伝えたかった。ただ好きだって、伝えたかったんだ。
少し逃げてしまったけれど、伝えたかったことは伝えられたと思う。立香は少しだけ悲しそうにサンソンを見つめた。
「マスターは、立香は、ずるいです」
「そう、かな?」
「ええ。だって僕の気持ちを聞かないでそうやって逃げようとするのですから」
失礼します。そう言って抱きしめられる。サンソンのことだ。きっと慰みぐらいには抱きしめてくれたりするんじゃないかとは思っていたけれど、それとは違う抱擁。想いをこらえるように、それでもこらえられなかったというように、ぎゅっと強く抱きしめられる。
「僕にだって、話したいことは沢山あります。貴女がマスターである以前に、一人の女性であることを、理解しています。」
悲しいことも、苦しいことも背負って、自分のファーストサーヴァントにはそれを特に見せないように振舞っていたことをずっと見ていた。そうして、マシュに人間を教えて、一緒に生きていくのだとサンソンは思って
いた。自分など見なくてもいい、そう思っていた。けれど、もし。もし藤丸立香が自分を振り返るようなことがあるならば。サンソンは英霊の前に、一つの人格がある者として立香に向き合いたいと思っていた。
「僕は、貴女のことを好いていますよ」
「……、う、そ」
「嘘ではありません。どうして嘘だと?」
「だって、サンソンは、大切な仲間だったから」
「仲間としてしかマスターが見ようとしなかったからです。僕はマスターを尊重したいと思っていますから」
ただ、僕個人としての気持ちを申し上げるのでしたら、先ほどの通り。困ったようにサンソンは立香を再度見た。
「僕は、貴女をお慕いしています」
「……、っ」
「リツカ?」
それはずるい。ずるいだろうと立香はサンソンに飛びつくように抱きしめる。一瞬驚いたサンソンであったが、安心したように立香の背中に腕を回し、あやすように背中を撫でる。
「リツカ。また、泣かれていたりしますか?」
「っ、いわ、ないでよ……」
「すいません。ただ、リツカは意外にも泣き虫なのだなと思いまして」
「だれの、せい、だと」
「僕のせいですね」
申し訳ありません。全くもって心の籠っていない声でサンソンは謝罪をする。どちらかといえば、嬉しそうな声色がにじみ出ていて、立香はトントンとサンソンの背中を軽く叩いた。
「そういえば、リツカの国ではお付き合いをするときに、しっかりと了解を取るのでしたね」
「うん?そうだけど」
「それでしたら……リツカ」
抱擁を解かれ、ぐしゃぐしゃな顔をサンソンに見られる。また変な顔を見せてしまったと思いつつ、立香はサンソンを見上げた。
「退去まできっと時間も少ない。それでも僕と、付き合ってくれますか?」
「……はい」
「ありがとうございます」 嬉しいです。本当に嬉しそうにサンソンは微笑む。その微笑みにつられて。立香もサンソンへ笑みを浮かべたのだった。
