「ロマニ・アーキマンの話を聞きたいんだけど、良いかな?」
「……、駄目って言っても聞くよね?」
「まさか。それから後学のために。質問に質問で返すのはどうかと思うんだけど」
「それは、ごめん」
昼下がりのカルデアの廊下。壁ドンをされるほどの勢いで立香はオベロンに追い詰められる。慌てて持っていた本でスペースを取らなければぶつかっていたというほどに密着する。まったくこのプリテンダーは何を考えているのか分からないけれど、それでも何か理由があるのだろう。彼の瞳をのぞき込み理由を尋ねようとしたとき、ロマニの話を聞きたいと言われたのだった。
「それで、ロマニの話って?」
せめて落ち着けるところで話をしようと立香はオベロンを自室に呼ぶ。ついでにとばかりに警護担当を彼に変え、椅子を準備するのにも時間がかかるとベッドの端に座り、彼も同じようにするようにと隣を叩いた。
「真っ昼間だからって男を呼んでベッドに座るって、きみ、警戒心とかなさ過ぎじゃない?」
「オベロンは男の人だけど、合意もなしに乱暴なことはしないでしょ。それより、話を聞きたいんじゃなかったの?」
「はあ……きみがどう思っているかはよく分かったよ」
どっかりと、立香が座っているより深く乱暴に腰を落ち着ける。若干オベロンに合わせるようにベッドに皺が寄るのを眺めて、ベッドメイクをしてくれた職員さんに頭の中で謝るも、オベロンが何を聞きたいのかと彼の方を向く。オベロンは足を開いて、あきれたように、どこか言いづらそうにも口を開いた。
「きみは妖精國のバーゲストをどう思う?」
「妖精國のバーゲスト?」
「そう。愛するものを喰らった後、夢に巻かれた彼女をだ」
牙の氏族の彼女は人間を愛した。その人間の名前はアドニス。自分たちがバーゲストのお屋敷を訪れた際にはすでに亡くなっていたらしいが、その彼をあたかも存在しているように振る舞っていた。それをどう思うか、どう考えるか。
ロマニの話を聞きたいと言っていたのにバーゲストの話を振ってきたオベロンに立香は分からないといった表情をしながらも答える。
「夢を見ていたっていうのが分からないぐらいには幸せに見えたよ」
「きみは、彼女のことを幸せだと思うんだ?」
「うん、まあ……?」
「それが偽りだったとしてもかい?」
「う、ん?……えっと、オベロン?……何、近いよ?」
オベロンは立香の方を向く。そうして隣に座っている立香の両手を自分の手で握ると、無表情で立香の顔をのぞき込む。いつもと全く異なる態度を取るオベロンに少しだけ背筋が寒くなり、離れようとした。
ふわりと金色が舞う。幻想の森の姿を目の奥に感じる。これは駄目だ。オベロンに見せられる幻想に飲まれては。そう思いながらも目は意思とは反対にゆっくりと閉じていく。自身のサーヴァントに襲われるなどあってはならないことであるが、そのときのために用意された緊急アラートを通知するボタンに手を伸ばそうとする。しかし、その両手はオベロンに握られたまま。
「本当にきみってば、自分が召喚したサーヴァントだからって油断しすぎなんだよ」
嫌だったら令呪でも使えば良いのにとオベロンは一瞬思ったけれど、マスターの持つ令呪にそこまでの強制力がないことを思い出す。
抵抗することすらできない彼女に少しばかり意地悪なことをしてしまったかな。それともあの虫の腹の中で立ち上がった彼女には意地悪もなにもないか。
オベロンはため息をつきながら、力を失って倒れてきた彼女をベッドに横たえる。バーゲストはアドニスの幻想を見破ることができなかった。それだったらその彼女のマスターは、彼女が最も大切だったであろう彼の幻想を見て、その幻想を幻想だと理解できるだろうか。
どうして自分がこんなことをしているのかも分からないまま、どこか気持ちの悪い感情に再度ため息をつく。そうしている間に、ドンドンと部屋の扉が叩かれる。大方カルデアの職員かマシュだろう。藤丸立香の体調は常にチェックされているから、突然の昏倒に誰かが異常がないかの確認に来たのだ。全くもって面倒くさい。適当にレムレムしたとでも言って 切り抜けることも考えながら、オベロンは扉のロックを解除するのであった。
