ふとした時の安心感

 彼のことは、はっきり言って怖かった。顔がどうだとか、性格がどうだとかではない。『男』というだけで、身体が固まる自分がいることを、私はよく知っている。けれど――最近の朝比奈さんは、何かが違った。前みたいに急に距離を詰めてきたり、気安く触れてきたりしない。話しかけられることもほとんどないのに、ふと見ると、いつも私の斜め前あたりにいる。でもそれは、不快ではなかった。むしろ、そこにいてもいい人になりつつあるような、妙な感覚だった。

 ある日の活動中、遼はずっとみんなの会話を聞きながらメモを摂っていた。誰よりも声が大きいわけじゃない。意見を言って引っ張るタイプでもない。けれど、遼がそこにいるだけで、不思議と場がまとまる。そんな存在の用に輝星は感じていた。

 メモが気になる。何を書いていたのだろう。

 活動が終わってそっと彼のノートを見る。細かい字で全員の発言と、その時の反応がきっちり書き残されていた。

「助かります。ありがとう」

 自然と出た言葉に、輝星自身が驚いた。

 あれ、わたし……この人にちゃんと話しかけられた。

 そのことに気がついた瞬間に、胸の奥にほんの少し、暖かいものが灯った気がした。

 彼はきっと、まだ好意を持っている。そのことをなんとなく輝星は察していた。だけれど、前みたいに圧をかけてくるわけではない。ただそこにいるだけ。無理に近づいてこない。その距離感が、輝星にとっては本当にありがたかった。  朝比奈さんって、どうして……あんな風に変われたんだろう。強い人なのかな? それとも、優しい人なのかな。まだ、よく分からない。でも、少しだけ、少しだけでも良いから知りたいと思ったのは、多分、嘘ではなかった。