ウェブデザイン

「ふぅ……」

 凝った肩をぐりぐりと回しながら辺りを見渡す。ゆうに三時間超え。その間ずっと打ち込んだり調べたり。シオリは自分には無いと思っていた才能を資料館で開花させていた。

 ウェブデザイン。シオリが作っていたのは資料館のウェブサイト作りと、ことりおばけやこの村の伝承などをまとめたウェブ資料。自身が幼少期を過ごしたこの村のことを少しでも他の人に知ってもらいたい、昔に怒った出来事を資料として誰にでも見ることのできる形にすることで、二度と悲しい事件を起こさないで欲しい。そういった思いや須賀の願いから、この資料館の資料や、地下に眠っていたものを現在閲覧できるものにしていく作業をしていたのだった。

「もう、夕方だ。そろそろ洗濯物も取り込まなきゃだし、佐久間ちゃんにも帰ってもらわないと」

 須賀くんはおじいちゃんが亡くなってから一人でこんなに広いお屋敷に住んでいたのだと思うと、頭が上がらない。一人で家事を行うことにそこまで苦労は感じないけれど、それでも広い屋敷内を掃除したり、重い資料を運んだりすることは大変だし、シオリがここに訪れた時のことを考えると、最近はボランティアスタッフとして働いてくれている佐久間ちゃんと追いかけっこをする日常なんて本当に大変だっただろうと思った。

 夕焼けのオレンジがシオリの髪の毛やパソコンを照らす。プールによく行っていたからだろう焼けてしまった茶色い髪の毛はオレンジ色の光を浴びて、さらに明るく輝いているけれど、本人はそんなことは知らず。とりあえず佐久間ちゃんを呼ぼうと立ったところで、コツコツと二階から足音がしてきた。

「お姉さん、作業終わった?」

「佐久間ちゃん。うん、ちょうど終わったところだよ!ちょっと集中し過ぎちゃったかな?」

「ちょっとどころじゃないわよ。もう五時も回ってるし、私も久しぶりに面白そうな本見つけて読みふけっちゃったのもあるけど、管理人がいたら追いかけ回されてる時間だって」

「追いかけ回されるって……今じゃもう立派なスタッフなんだから追いかけ回されることもないでしょ。でも、最初にここに来たい日、須賀くんに追いかけ回されたの、怖かったけど、今考えると楽しかったかな」

「げえ。あれを楽しいって言えるのは流石におかしいよ、お姉さん」

「あはは、そうかなあ?」

 昔話に花を咲かせる。須賀が県外に出て資料館はどうなるのかと村役場で会議になったとき、村人全員で資料館を管理していくこと、それからシオリが資料館に住み込みで働くことで存続が決まったのだ。

 シオリはあの夏の出来事で記憶を思い出す前から須賀のことは放っておけなかったし、大学に入学はしたけれど将来が決まっていなかった。しかし、それより何より須賀のことが大切で、もし須賀さえ気にしないのであれば、将来は一緒にと考えていたのだった。これは須賀に自分の存在を認めさせるには良い機会かもしれない。そんな邪心がなかったとは言えないけれど、少しだけそんなことを考えつつ、住み込みで働くことを二つ返事で受け入れたのだった。

 須賀は最初申し訳ないと言っていたけれど、シオリに押され、ことりおばけ含めた文献を残していきたいという思いもあり、それを承諾。それから暫くしてからジュエリー専門学校へ向かっていった。

 佐久間に関していってしまえば、中学生の頃は早く村を出たいと言っていた。けれどもあの事件以降、地元でも仲の少しだけ良い友達ができ、村で生きていくのも悪くないと思い始めていた。そんな彼女自身の心境の変化もあり、高校卒業後には、いつだったか狸じじいと言った村長を上司として村役場で働きながら花嫁修業をしつつ、資料館でもボランティアスタッフをするというトリプルワークを披露していた。

 中学生の頃から村の中で綺麗な子だとは思っていたけれど、成長してそれが一段と輝きを増し、出会った頃のシオリとそう変わらない年齢になっている佐久間は、今では村一番の美女として同学年だった子達から色々な視線を送られていた。そんな彼女は相も変わらず口は達者だし、彼女自身運命として決めている人がいるのは知られていること。それはよそ者として最初は疎ましがられていた警察官の望月巡査。中学生の今よりツンケンとしていて人との隔たりができていた佐久間と、村人として受け入れられていなかった望月は、お互いに似たようなところがあったのだろう。

 シオリにも少しだけ似ているお節介なところを持つ望月巡査に、ツンツンとした態度を取りながらも距離を取りきれない、彼のことを好いているのが見える佐久間のことをシオリはかわいらしいなと思っていたし、できることならば思い合っていることが分かっていたので、二人には幸せになって欲しいと思っていた。

「そういえば管理人、そろそろ帰ってくるんだっけ?」

「うん。無事に卒業したし、準備さえできれば近いうちにこっちに狂って言ってたよ」

「そうしたら、お姉さんはどうするの?」

「うーん、そうだね」

 資料館の持ち主はあの夏以降シオリから須賀に正式に権利が移された。それはこれからも可能であるなら資料館に住みたいと思っていた須賀からのお願いであったし、シオリとしてもずっと管理をしてくれていた須賀に屋敷を譲りたいという思いがあったのだった。

 須賀が屋敷の人間に正式になり、その彼が戻ってくるのであれば、屋敷から出て行くのか。まさかそんなことはないと佐久間は思いつつ、ごく一般的な質問としてシオリに聞いてきのだ。

「私はね、須賀くんが自分の人生を取り戻して、その上で私を選んでくれたら一生須賀くんと過ごしたいなって思ってる。でも、須賀くんが私を選んでくれなかったら……そのときは仕方ないと思ってるよ」

「お姉さん」

「私がウェブデザインを始めたのだって実は須賀くんの仕事の手伝いができるかなって思ったからなんだ」

 シオリは大学でデザイン系の事柄を学んだ。それはウェブデザインだけではなく、広告、建築、美術とありとあらゆるものであった。そのおかげで村役場からも仕事をもらい、村人との交流も持っていたし、シオリは村で必要不可欠な存在になっていた。佐久間は村により溶け込むためにも学んだものかと思っていたけれど、そうではなく須賀のためであると言ったシオリに目を丸くする。だって、それは、あまりに献身的であって、自分にはまねできないほどのものであったからで。

「ウェブデザインができれば、こうやって資料館の資料を解放できるし、その他にもデザイン系のお仕事をもらったり……それに、須賀くんの将来販売しようとしているジュエリーの通販サイトとか作れるかなって、思って」

「おねえさん、それは」

 佐久間はあの夏に何故シオリが村に来たのかは知らされていなかった。けれど、シオリの周りに見えるモノ達から、なにがシオリの身に起きたかは知っていた。両親が亡くなり、身寄りがなく、唯一の手がかりから村に来た女の子。今そんな彼女のくさびのようになっている男に内心舌打ちをする。何で管理人が、とか、管理人がもしお姉さんを拒絶したらどうするのか、なんて危ういところを思うところはある。それでも、シオリは強い。それは分かっていた。だから自分が一瞬考えた危うい考えなんて笑い飛ばされてしまうだろうだなんて思いながら、言葉を換えた。

「お姉さんさ、ちょっと管理人に惚れ込みすぎじゃない? あの黒電柱の何処が良いわけ?」

「く、黒電柱って失礼だよ。でも、そうだね。私との約束を守ってくれたところ、真面目なところ、それから放っておけないところがあるから好きなのかな」

 快活な様子が一変、頬を染め、照れたように視線を逸らす。ああ、もう全く! 早く管理人に帰ってきて欲しい。そうして早くくっついて欲しい。

 自分のことを棚に上げて佐久間はそう思うしかできないのであった。