「はっ、はぁ……オ、ベロン」
「やあ、マスター。今日もきみは元気いっぱいのようだね?」
「げ、元気いっぱい、って、ほど、じゃない、けど……もし良かったら、私の部屋に呼ばれてくれない?」
この間のことについて話そうと言外に伝える。これが本音であるならば、彼に伝わるはずだ。試すように見ていた彼は、はぁ、と小さくため息をついた。
「……、いいよ。俺もそのことについて話そうと思っていたんだ。なにせきみってば俺の初めてをあんな形で奪ってくれたわけだしね?」
「は、初めてって」
「だってそうだろ? 俺は召喚されてからそういうことは一切してないんだけど?」
このカルデアでは恋愛はお互いが認め合っていれば基本自由であるし、誰が誰を思おうと自由である。職員同士で付き合っても、サーヴァント同士で付き合っても、前例はないけれど人間とサーヴァントで付き合ったとしても、風紀を乱さなければ許す。そういった空気が流れていた。逆に言ってしまえばレイプなど非常識な行動は許されない。たとえ消失をしかけていたとしても、やってはいけないことであった。
声をかけたのがちょうど部屋の前。そのまま一人と一騎で部屋に入り、鍵をかける。念のために防音機能も働かせておく。これで簡単には何を話しているかも分からないはずである。
「ふーん、こんなこともできるんだ」
「まあね。それで、さっきの話だけど……最初にも謝ったし、謝っても許されないと思うけど、ごめんなさい」
「ああ、あれのこと? あれはああするほか仕方なかったんだし、俺はもう気にしてないってのも事実なんだけど?」
笑顔で答えられる。その笑顔が全然笑っていない貼り付けられた笑みであることは、言葉がなくても分かるほど。ただ、怒っていることはわかるけれど、何故怒っているかは分からなかった。
「え、じゃあ何のことで?」
「きみはさ、今まで自分の身体が傷ついても、意思が砕けそうになっても真っ直ぐ走りきってきたわけだろう? それに対して俺はいらだちを募らせているわけだ」
「……、よく、わからないよ」
「それはそうだろうね。だったらこう言えば分かるかな。……きみはそうやって自分を傷つけて、それで守った世界なんて存続する意味があるわけ? いや、言葉を変えようか。きみはどれだけ自分を傷つければ気が済むんだい? もしかして、自傷癖でもあるのかな?」
「自傷癖はないよ」
自傷癖はないはずだ。それでも胡散臭そうにこちらを見ながら笑みを浮かべているオベロンに何も言えなくなる。
オベロンは、言葉や行動は曲がってしまって軽率に見えることもあるけれど、根は真面目であるし、拾いきれないぐらい沢山の小さなもの、例えばその辺りに落ちているゴミのようなモノであっても大切にするようなサーヴァントである。だから自分ですら大切にできない、周りのことしか見れない私に対していらだっているのだろう。
私はどうすれば自分を大切にすれば良いか分からない。それでも、これが自分を大切にすることか分からないけれど、と口を開く。
「オベロンは私が自分を大切にしていない、自分を殺しているからこそ怒っているんだよね?」
「ああ。きみがそう思うんだったら、そうかもしれないね」
「それだったら、私の気持ち、自分を殺さないでいる時の私の気持ち、聞いてくれる?」
「……、いいぜ、言ってみろよ」
「オベロン、あのね」
私はオベロンのことが好き。
声が震える。言ってしまった。きっと拒絶される。それが怖くてうつむくと、それで? と言われたので思わず顔を上げる。
「それで、俺のことが好きだから、どうしたいわけ? また俺のことを襲ったりしたいわけ?」
「そ、そんなことはしないよ。ただ、私は好きなだけで……」
「好きなだけ、じゃないだろう?」
求めろよ、その先まで。強欲になれ。人間には欲があるんだろう?
クツクツと笑うオベロンに、どうしようもなく恥ずかしくなる。これ以上求めても良いの? 人類最後のマスターとしてふさわしくないんじゃないの? そういった考えが一瞬浮かんだけれど、心の奥底でして欲しいこと、したいこと、それからカルデアに来る以前に夢に見ていたような子供っぽくて甘酸っぱい想いが思い出される。
「オベロンのことが好きだし、ぎゅってしたいし、してほしい」
「それで?」
「オベロンは嫌かもしれないけど」
「そういうことは考えなくてもいい」
「……、キス、したいし、今度はちゃんと、最後まで……愛して、ほしい」
何故か涙がこぼれる。どうして? と思っていると、近づいてきたオベロンに涙を拭われて、そのまま抱きしめられた。
「きみは元来強欲な生き物だろう? 世界を救うって言うのはそもそも全てを救うって言う覚悟と強欲さがないとできないものだしね。俺はその強欲さに、傲慢ちきなきみだから」
言葉が切られる。これ以上言ってしまえばきっと言葉が歪むから。都合が良い私の考える通りなら、それは愛の告白で、その先の言葉に再び涙が溢れる。
ねえ。好きだって思い合えるだけでこんなに幸せになれるって、幸せな気持ちになってしまうって良いことなのかな? 言葉にならない嗚咽から本音を拾ったオベロンが、一度身体を離して頷く。それから、両頬を少し乱暴に捕まれて、深い海のような、奈落の底のような瞳が見えなくなる。そうして、二度目のキスをしたのだ。
