休日の夜。人気の少なくなった駅前通りを、未来と朝比奈なつめは並んで歩いていた。
カフェで軽く夕食を済ませた帰り道。手を繋いでいるわけでもなく、言葉を交わしているわけでもないのに、その距離はどこか親密で、どこか不安定だった。
ふたりの関係は、まだ誰にも話していない。
表立って秘密にしているわけじゃないけれど、明かしていないだけでもどこか落ち着かなくて。その理由を、なつめはもうちゃんと知っていた。
「ねえ、夕凪さん。……恋愛禁止って、まだあのルール、残ってるんですよね?」
そう尋ねた声は、ごく自然だった。けれど心の奥には小さな波紋のような緊張が広がっていた。
その言葉に、夕凪の足が一瞬だけ止まる。
「はい。あのルールは、私が作ったものです。サークル活動を円滑にするため、トラブルの種を未然に防ぐために、決めました」
「でも、それって……今の私たち、ルール違反じゃないですか?」
問いかけには、責めるような響きはなかった。ただ静かに、確認するように。
なつめの瞳には戸惑いがあり、ほんの少しだけ、痛みが滲んでいた。
しばらくの沈黙のあと、夕凪は立ち止まり、彼女をまっすぐに見つめて言った。
「ええ。わたしたちはそのルールの例外になってしまいました。だからこそ、今度は責任を持って、ルールそのものを見直すべきだと考えています」
「見直す?」
「はい。個人的な感情でルールをねじ曲げたくはありません。ですが、人の気持ちはルールでは縛れないこともある。……それを、今の私たちが身をもって示してしまった以上」
言葉を探しながらも、夕凪の声は誠実だった。
その真面目さに、なつめはふっと小さく笑った。
「それ、ちょっとカッコつけすぎです」
「否定は、しません」
「でも、夕凪さんらしいです。好きなとこです、そういうとこ」
頬を少し染めながらも、なつめの言葉には揺るぎがなかった。
沈黙が一瞬だけ降りたあと、彼女は小さく息を吸って、続ける。
「サークルの中でどう見られても、私は後悔してません。夕凪さんと、ちゃんと向き合って、恋人になれたこと。……それが私のちゃんと選んだ道だから」
言い切ったその声に、夕凪は心からの敬意を込めて頷いた。
「ありがとうございます。あなたがそう言ってくれるなら、私も、きっと間違ってなかったと思えます」
「だから、一緒に考えませんか? これからのサークルのことも、ちゃんと」
なつめの声は優しく、けれど力強かった。
夕凪はゆっくりと歩みを進めながら、そっとなつめの肩に自分の肩を重ねるように寄せた。
それは、手を繋ぐよりも穏やかで、でも確かに信頼の形をしていた。
「ええ。大切な場所だからこそ、あなたと一緒に守っていきたいと思います」
「うん。わたしも」
川沿いの道に沿って、街灯がふたりの影を長く落としていく。 その影は、もう以前より少しだけ近くて。まるで、ひとつのかたちに向かって、ゆっくりと重なっていくようだった。
