プレゼント - 2/2

 そのしおりは、文庫本のページに挟まれることはなかった。なつめは、毎朝目に入るように――自分のデスク脇の棚の、いちばん目立つ場所に、そっと飾っていた。ほんの小さな真鍮の板。繊細な枝模様に、柔らかな文字。

 《To the one who changes my seasons.》

 何度見ても、息をのむくらいきれいだった。でもそれ以上に――この言葉が、未来の口から、未来の手から、自分に贈られたものだということが嬉しかった。

「もったいなくて、使えない」

 誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟いて、小さく笑った。そのしおりを使えば、本は確かに便利になるかもしれない。でも、ページの間に隠れてしまうのは惜しかった。見えなくなるなんて、もったいない。だから代わりに、毎日「見る」。

 朝、席に着いたとき。昼、少し疲れたとき。夜、帰る前の静かな時間。見るたびに、胸があたたかくなる。未来と目を合わせた日のことや、言葉を交わしたときの、あの優しい声を思い出す。たった一枚のしおりが、こんなにも好きを感じさせてくれるなんて。自分は、ちゃんと愛されてるんだな――と。

 机に向かいながら、そっと頬を手で覆った。

「未来さん、ほんとにずるいな」

 でも、そんなずるさなら、何度だって見ていたい。これからも、ずっと。

 クリスマス当日。イベントの後、ふたりきりになったタイミングで、なつめは少しもじもじしながら紙袋を差し出した。

「これ、未来さんに。メリークリスマス、です」

「ありがとうございます。よろしいですか? 今、開けても」

「はい……でも、あんまり期待しないでくださいね?」

 未来が丁寧に包装を解くと、中から出てきたのは――ハンドメイドの本革ブックカバーと、短い手紙。ブックカバーは、落ち着いた深い藍色に、角にさりげなく刻印された金のイニシャル《A.Y.》。  それはAkira Yunagiの意味だとすぐに分かった。

 内側には、なつめの手縫いらしき小さな刺繍で、こう書かれていた。

 未来さんの時間が、あたたかくありますように。

 未来はしばらく言葉を発せず、静かにそれを手に取って見つめた。指先で革の手触りを確かめながら、視線がふと優しく和らぐ。

「すごいですね。これ、ご自身で?」

「はい。毎日は無理だったので、夜とか少しずつ」

「手紙も、読んでいいですか?」

「恥ずかしいので、あとで……!」

 顔を真っ赤にしたなつめが慌てて口をふさぐしぐさに、未来は珍しく、ふっと小さく笑った。

「大切にします。読書が、もっと特別な時間になりますね」

「未来さんの“好き”に、何かひとつだけでも寄り添いたかったんです」

「寄り添っている以上の贈り物です。なつめさんらしい、あたたかさと手間のかかった優しさだと思います」

「嬉しい」

 なつめが、そっと胸の前で手を組む。たったひとつの革と糸の贈り物。けれどその時間こそが、未来にとって何よりの宝物だった。