プロポーズ

「ただいま、しぃちゃん」

「お帰り、須賀くん!」

 黄昏時の資料館。いつも通りに資料のまとめをしていたシオリの耳にブロロロといった車の音が聞こえる。村の住民のほとんどは車を使うことはなく、すぐに誰が来たのか察したシオリは事務室から出た。コツコツと響く足音。それから扉が控えめにノックされる。その音に、彼の性格を思い出し、くすりと笑ってしまう。扉越しに須賀がいる。そう思うだけでシオリの頬は緩むのだけれど、それでも今資料館の管理を任されているのは自分だ。そう思い直し、頬を引き締めるように意識しながらどうぞと声をかけ、冒頭になる。

 元気だった? 専門学校はどうだった? など、言葉がこぼれ落ちそうになるけれど、それよりも再び出会えたことに喜びが勝り、はくはくとと動く口からは何も出てこない。こんなこと今までなかったのに。シオリは須越だけ恥ずかしく思いながらも改めて息を大きく吸い込んだ。

「須賀くん、お疲れ様」

「しぃちゃん……ありがとう」

 何を話せばいいのか。きっと須賀くんも同じことを考えているのだろう。

 二人してどうしたら良いのかと視線を逸らす。会えてうれしい。そんなチープな言葉じゃ足りないぐらいには嬉しい。シオリが言葉を探していると、須賀の方が先に覚悟を決めたように口を開いた。

「しぃちゃん。その、沢山話をしたいけど、まずはこれを」

「これは?」

「卒業制作の時に一緒に作っていたんだ」

 須賀が取り出したのは小さな箱。それをそっと開けると、中には野草が何かに絡まっているように見えるデザインの銀でできた小さな置物が入っていた。

「リングホルダーって言えば分かるかな? 指輪を置く専用の置物を作ったんだ」

「リングホルダー……これ、もらっても良いの?」

 須賀が手渡してきたそれは村に咲いている野草をモチーフとしているのは分かっていた。普段目にする些細なもの。だけれど、シオリが愛してやまない村の一部だ。須賀もそれを理解してこのデザインで仕上げてくれたのだと理解する。

「勿論。しぃちゃんのために作ったんだから」

「ありがとう。すっごくうれしいよ」

 須賀のシオリに対しての思いは専門学校の中でも実は話題になっていた。幼馴染みの女の子のために何かを作ってあげたい。けれど何を作ればいいか思いつかない。考え込む須賀に友人が声をかけたのはそんなときであった。どうせ両思いだしそのまま結婚するつもりなんだろ? それだったら指輪に関連するものでも作って逃げられなくしちゃえばいいんじゃないか? 流石にその言葉をそのまま受け取るわけにはいかなかったけれど、それでも参考にはなった。

 指輪に関係するもの。指輪も自分で作ることを考えていた須賀であったが、関連するものを一緒に作ってしまうのもいいと思った。そこで思いついたのが指輪をかけたり置いておいたりするオブジェクト。せっかくだったら彼女の好きなものを。

 今を生きる須賀であったけれど、シオリのこととなるとつい昔のことを考えてしまう。彼女が何を好きだったのか。たたかいごっこ。これは違う。村の探検。これも少し違う。それだったら。花がちらほらと咲く村の空き地。そんなところで小さな須賀とシオリは花冠を編む。須賀は昔から手先が器用ですらすらと編んでいたけれど、シオリは一所懸命に編んでもぐしゃぐしゃとしたアンバランスなものになっていた。あまりのできの悪さに、もう知らないとかんしゃくを起こしかけたシオリに、須賀が自分の編んだ花冠を被せる。そしてシロツメクサで編んだ指輪を彼女の右手に通した。

 空き地での出来事を思い出した須賀はすぐに制作にかかった。卒業制作には別のものを。そして、彼女が好きだったものを組み合わせたリングホルダーと指輪を。

 シオリは覚えているだろうか。花冠をモチーフとして作ったリングホルダーを手渡して、それを嬉しいと受け取ってもらえて安堵する。それでも、それだけじゃない。次は指輪だった。あのときのシロツメクサは小さすぎて右手の小指にしか入らなかった。けれど、今は違う。

「しぃちゃん」

「なあに、須賀くん?」

「僕が渡したいのは、それだけじゃないんだ」

 ズボンのポケットから小箱をもう一つ取り出す。それから片膝をついて座る。それはシオリがいつか言っていた彼女らしくない言葉。王子様に指輪をもらってみたい。そんな夢を叶えるもの。自分は王子様なんかじゃないかもしれないけれど、それでも精一杯彼女の希望を叶えたかったのだった。

「僕と、結婚してください」

「はい!」

 指輪を受け取って涙ぐむシオリの姿に安堵する須賀。良かった、受け取ってもらえたし、断られなかった。

 須賀も村から出ていたときに色恋沙汰に巻き込まれたが、シオリも村人から交際を申し込まれたことがあった。それは須賀を幼い頃にいじめていた子供で、彼の勘違いで勝手にシオリが自分に気があると思い込んでいたような、ちょっと残念なものであった。そんなことを苦笑しながら報告として電話してきたことに、少しハラハラしたこともあったけれど、それも昔の話。  須賀に飛びつくように抱きしめて来たシオリをその身いっぱいに感じながら、須賀は幸せを感じるのであった。