三日目 キスしても良いよ

「今日は三日目。今日はキスならしても良いらしいよ?」

 朝起きて、朝食を取る。その後は自由時間。今日は部屋から出ない代わりに食堂から運ばれてきたスコーンや紅茶で、やっぱり満腹にはならない程度に二人だけのお茶会を開いたり、ヒーリングミュージックを何時間も聴いたりして、リラックスして過ごした。そうして夜になって服をいつものように脱がされて、見つめ合って、抱きしめられて。その後に出た言葉である。

「キス、かぁ……」

「虫と口づけをするなんて嫌かい?」

「もし嫌だったら最初からしてないよ」

 好き好んで虫と口づけをしたいかと言ったらそんなことはないけれど、本当に嫌だったら最初からしていない。オベロンは私にとって特別なのだ。そんな思いを込めてこちらから口を合わせるだけのキスをした。

 一日目、二日目はタブレットすら奪われていたけれど、行為をするときには返却をすることとマスター業は行わないことを約束して返される。それで改めてポリネシアンセックスを調べていた。五日間をかけて、たった一回のセックスをするためにお互いを高め合う。今日は軽いキスまで、明日は性器には触れない程度の触りあい。そうして明後日は彼と繋がるのだ。

 オベロンは終末装置として出力されているけれど、その正反対のものとしてあるセックスをすることは負担にはならないのだろうか、決して愛を持つことは無いと言っていた彼にとってこの行為はつらくないだろうか。真面目な彼のことだから、きっとハジメテを捧げられることになってしまった責任を考えてだとか、愛する演技をするなら最後まで演じて見せようだとか、そんなことを考えているのでは無いだろうか。それでも、熱のこもった目でいつものように見つめられると、心臓がトクトクと早鐘を打ってしまうのだった。

「今日はずいぶん積極的じゃないか?」

「自分でも、少し調べたから。その、オベロンにリードされるのも良いけど、こういうのって二人で進めていくものかなって」

「……、きみは、全く」

「えっと、何か間違えたことしちゃったかな?」

 苦々しそうに呟くオベロンに、何か間違えてしまったのかと少しだけ怖くなる。半分まできたところで失敗してしまうのは嫌だ。はぁとため息をついたオベロンの様子をうかがっていると、その視線に気づいたのか諦めたように口を開いた。

「いいや、きみがこうにも積極的なのはいつものことかと諦めがついただけさ。与えられるだけじゃ満足できないわけ?」

「ううん、それじゃ満足できないよ」

「なんでだい?」

「あのね、セックスって魔力供給以外だと高コストだと思うんだよね。気持ちよくなりたかったら、……その、自分で、したりする方が……」

「自慰行為をした方が手っ取り早く自分本位にできるから簡単だってわけ?」

「うん。それにセックスって絶対に、気持ちよくなれるわけじゃ無い……思い合っていたとしても失敗することだってあるわけで」

 それでもセックスをするのって、やっぱり二人でした方が気持ちいいし、お互いがお互いを思い合ってすることで得られるものがあるんじゃ無いかなって思う。

 考えて、考えて、それを口にする。オベロンにはもしかしたら分からないかもしれないけれど、どちらにしても私はオベロンから与えられるだけの行為がいいだなんて思ってないし、オベロンに何か返せるんだったら返したい。そう思っていた。

「……、きみ自身、何が言いたいか分からなくなってるだろ、それ」

「うう、ソウデスネ」

「でも、与えられるだけじゃ本当に満足できない人間なんだっていうのは分かった。それだったら仕方が無い」

「それって」

「二人で、するんだろ?」

「うん!」  改めて抱きしめられて、それからキスを受け、それを返す。どこかの誰かが書いたように罪を移すようにか、それとももっと情熱的なものなのか。後者であって、それでいてじらされるような口づけ。キスのしすぎでしっとりとした唇でもっと欲しいと乞うと、飢えたような瞳を持ったままの彼が荒々しく口づけを落としてきたのだった。