「ロビン、それにマルガレータ!」
後もう少しだから耐えて。口に出す前に二騎の強制的戦線離脱が始まる。霊核が砕かれるほどの強烈なダメージでない場合、一定のダメージを喰らったら強制的にカルデアに転送される仕組みで設定されたレイシフト。そうなった理由はひとえに擬似的なセイレムのようなデバフがかかるようになっていたからであった。
終局特異点から帰還し、カルデアがクリプターのサーヴァントたちに襲われる前に発生した四つの亜種特異点。新宿、アガルタ、下総国、そしてセイレム。
セイレムでサーヴァントたちは霊体化できない、半受肉したような状態で行動をすることになっていた。そうして今回の特異点はその性質を継いだように、霊体化できず、能力値も下がっている。そんな状態に慣れているかもしれないからと、レイシフトメンバーに選ばれたロビンフッド、マタ・ハリ、サンソン。それからレイシフト適性があったナイチンゲールとオベロンと孔明。その六騎と、現地で出会えるかもしれないサーヴァントの協力を得て特異点に存在しているであろう聖杯の回収を行おうとしていた。
聖杯の回収は簡単にできるはずであった。レイシフト先の世界において、黄金の杯は香辛料より低い価値を持つ物質であり、立香たちは物々交換と交渉術で聖杯を手に入れた。そこまでは良かったのだが、後は帰るだけとなったところで現地の魔獣たちに襲われた。魔獣たちはそこまで強さがあるわけではない。しかし、サーヴァントたちはデバフがかかった状態であった。初撃で孔明が襲われた。そこで気づいた全員で逃げ出したものの、殿の二人が退去する。立香を抱えて走っていたナイチンゲールは状況を読むと、オベロンに立香を放り投げた。
「きゃっ……な、ナイチンゲール?」
「あなたは生きなくてはなりません。私たちが退去したとしても、あなた一人だけでも生きなくては」
「ま、待ってよ!……オベロン、サンソン!」
ナイチンゲールは立香たちが走って行く方角とは逆の方角に向き直り、敵の気配を探る。一画令呪が使われて、宝具がすぐに仕えるようになる。それでももたせられるかは分からない。獣たちがやってきて、ナイチンゲールを囲んでいく。
そうして後ろを振り返っている立香からはその背中が見えなくなった。
ガサガサと草木を分けて、少しだけ開かれた場所で休憩する。サンソンは辺りを警戒するために身を潜め、オベロンはナイチンゲールから預かったまま抱えていた立香を下ろした。「ありがとう、オベロン」
でもごめんなさい。皆にちゃんと指示を出せなくて。こうやって隊をほぼ全滅させちゃって。心の中だけで謝る。動きやすいようにと偵察用の再臨段階からさらに軽装の、外套をなくした状態のヴォーティガーンとしての姿をしていたけれど、オベロンはそれでも汗をかいていた。
「気にしても仕方ないだろ。きみが気にしたところであいつらが帰ってくるってわけでもないしね」
「それはそうだけど」
「それより今は休憩だ。俺たちだって今は無限に体力があるわけじゃない。気配を消して、必要があったら移動、それでレイシフト準備ができるまで耐えるんだろ?」
「うん」
「生き汚いきみのことだ。最後までもがいて」
言葉は最後まで続かない。警戒は怠っていなかったけれど、相手の方が一枚上手であった。頭上から振ってきたキメラに反応が遅れる。爪が立香の首を狙う。間に合わない。私は死ぬんだ。何度も思ったその言葉が浮かんだとき、身体が突き飛ばされる感覚、ドサリと言う音と、鉄が空気ごとキメラを切り裂く音と悲鳴。それらと生温かな何かが頬を伝うのを感じた。
一瞬意識が飛びそうになった。けれど、目を瞬かせて、曇った視界がクリアになると赤が目に入る。怪我はしていない。それでもおかしい。霊核を砕かれない限りは即強制退去となるのに、どうして血が目の前に広がっているのだろう。
すぐ横にキメラの死骸があった。それからサンソンが膝をついて何かに対してスキルを使っている姿も見える。何か、ではない。誰か、だ。
「オベロン!」
「ま、いったなぁ……こ、なとこ、で」
「しゃべらないで!サンソン、オベロンは?」
「僕にできることはしましたが」
「待って」
シャドウ・ボーダーに帰還するのではない光に包まれって消えかけているオベロン。彼に対し令呪を使う。一画。さらに一画。それでもかろうじで消失が止まった程度だった。
「ど、どうして」
「だ、から、無駄だって、いっ……」
「本当に黙って。ううん、このまま消えるなんて、絶対に許さないから」
いつかオベロンたちがしていたゲームを思い出す。体力がマイナスになっていたビリーくんのキャラに対してサンソンが最大値回復を行っていたこと。今の私にできることはほとんどやった。それでいてきっと今はその状態である。普通の、それこそクリプターみたいな魔術師だったら、サーヴァントを回復させるぐらいはなんともないのだろう。それでもまだ自分がしていないことがある。
「サンソン、ごめん。辺りの警戒をおねがい」
「マスター、それは」
「お願い」
「……分かりました」
圧をかけるようにして命令をする。サンソンは何かを考えた後に、自分たちが走ってきた方角へと再び消えていった。
「オベロン」
「きみ、は……なんてかお、してる、んだい」
「最初に謝っておく。ごめんね」
本当にごめん。
これからすることに対して、きみという存在を消費してしまうかもしれないことを行うことについて。全てに謝罪する。
私の言葉から何をしようとしたのかを読み取り、それを拒むように動こうとする。それでも満身創痍のオベロンは動けない。
だから、オベロンの両頬を両手で支えて。そうしてファーストキスを彼に捧げた。
あーあ、最初のキスはもう少しロマンチックなキスが良かったな。オベロンは本当に嫌がるだろうな。嫌われたら嫌だな。そんな思いで胸がぎゅっと苦しくなる。
本当に嫌われるのは嫌だ。それでも、彼を失うのはもっと嫌だ。その気持ちだけでショーツに手をかける。キスもだけれど、それ以上だってしたことはもちろんない。それでも生き残るため、彼を失わないため。ただそれだけのために魔力供給を行おうと自分の下着を脱ぎ捨てた後に彼の下履きも同じく乱暴に引き下ろす。
妖精には次代があって生殖行為は行う意味がない。そう言っていたけれど人間の方の本能なのか、反応を示しているソコに嬉しくなった。
「お、……い」
「なぁに、オベロン」
「や、めろ」 その言葉は聞かなかったようにして、下肢をすりあわせる。気持ちよさなんて感じない行為。むしろ乾いている粘膜をこすられてひりつくような痛みを感じるソコに苦笑いを浮かべながらも腰を下ろした。
