二度目の通院は、前よりも少しだけ気が楽だった。受付の手続きにも慣れて、診察室の扉を開ける。初診の時に震えていたあの手は、それよりも緊張していなかった。でも「今日はちょっとした検査をしましょうか」と言われたとき、輝星は不意に、背筋にひやりとしたものを感じた。
「ロールシャッハ・テスト、というものです。インクのしみを見て、何に見えるかを教えてください」
「見えるもの、ですか?」
「はい、答えはありません。ただ、思ったままで大丈夫です」
何枚かの図面が順番に見せられる。黒いインクのシミ。対象の図形。形があるようで、無いようで。何だろう、どう見えるだろう。輝星は無意識に眉間に皺を寄せながら考える。
蝶? いや、血の跡? 動物の顔?
無理に言葉にしようとすると、心の奥がざわつく。曖昧な形に意味を与えることは思った以上に難しくて怖い作業であった。
「これは?」
「赤い部分が血に見えます。誰かが、傷ついたみたいに」
口にした瞬間、自分の中にしまっていた記憶が、すこしだけ、扉の隙間からこぼれ落ちた気がした。
テストが終わった後、医師はノートを閉じ、静かに言った。
「強い感受性をお持ちですね。防衛反応として、刺激にとても敏感になっているようです」
「それってやっぱり変なんですか?」
「いいえ、まったく逆です。心が生きようとしている反応です」
その言葉に、喉が熱くなる。
「本当の意味で平気になるには、まだ、時間がかかると思います。でも、今日ここまで感じられたこと自体が、あなたが無理に忘れようとしていないという証拠です」
ずっと忘れたいと思っていた。なのに、忘れたく無いともどこかで願っていた。あのときのことも、あのときの自分も――ちゃんと取り戻したいと願っていた。
帰り道、輝星は空を見上げた。
夏の残暑ももう感じられないほどに、秋の気配が近づいてきている。
これで終わりじゃない。でも、これがきっかけになるかもしれない。そんな予感が、自分の中に静かに芽生えていた。
