何もできなかった気持ち

 サークル活動が終わったあと、片付けも終わり、他のメンバーがそれぞれ帰って行く中。サークルが入っているビルの裏手の少しだけ風の通るベンチで、二人の男が座っていた。

 一人は静かで品のある長身。一人は前述の男よりさらに背の高い、どこか飄々としていながらも、目に光を宿した変人。

「朝比奈さん」

「はいよ」

「……鈴木さんのこと、ありがとうございます」

 その言葉に、遼は一瞬だけ目を細めた。

「改まって、どうした」

「私は彼女に……何も出来ませんでした。出来ることはそばにいることだけで。……男であることが、彼女の怖さを煽る事になると気づいてからは、下手に関わる事すら控えてきました」

 淡々とした声だったが、そこには微かな苦みが滲んでいた。

「恋愛感情がなかったから……彼女に対しては友人として接してきたつもりでした。けれど、彼女が誰にも言えずにいた痛みを、私は感じ取ることが出来なかったんです」

 遼は何も言わずにその横顔を見ていた。

「でも、あなたは違いました」

「……」

「あなたは、彼女に触れて、声をかけて……逃げられても、拒まれても、隣に立ち続けてくれた」

 そこには夕凪未来という人間の、真っ直ぐな敬意があった。

「ありがとうございます。あなたが現れてくれて、よかったと、心から思っています」

 その言葉が、風に溶けて消える前に遼が口を開く。

「あー、やだなあ。そんな真っ直ぐな感謝のされ方。照れるわ」

 気怠げに笑った。

「俺はさ、最初から惚れてたんだよ」

「……」

「アイツが笑ったとき、惚れて。拒絶されたときにもっと惚れて。手を繋いでくれた時は、もう泣きそうだったしな」

 そして、ニッと笑顔を向けた。

「だから、当然なんだよ。未来」

 夕凪の目がわずかに見開かれる。

「私の名前、覚えていたんですね」

「そりゃあ、妹から散々聞いたし。あと、顔見ちゃ分かる。未来って感じ、してたし」

 その言葉に、夕凪は少しだけ目を伏せて、ふっと微笑んだ。

「……遼さんは、不思議な方ですね」

「天才だし、変人だし、モテるしな」

「最期のは怪しいですね」

「酷っ」

 二人の間にようやく柔らかな笑いが流れた。静かで、穏やかな夜がやってくる。風に揺れる秋の香りがどこか切なくも、希望を連れてくるようだった。

 そしてそれぞれが心の中で、あの子の笑顔が、これからも続いてくれますようにと願っていた。