ある日のサークル活動後。
雑談と後片付けがほどよく混ざった穏やかな時間。そんな中で、夕凪未来と朝比奈なつめは、静かにひとつの覚悟を共有していた。
「今日、言います?」
小さな声で、けれど確かに届く問いかけに、夕凪は短く頷いた。
「はい。逃げずにちゃんと」
ふたりの間で交わされた、ほんの短い確認。それでもそこに込めた決意は大きかった。ふたりが今の関係になってから、もうしばらくの時間が過ぎている。けれど、サークルの中ではまだ代表とメンバーとしての距離を保っていた。本当は、ずっと気になっていた。ルール違反のままじゃだめだ。信頼してくれているこの場所に、曖昧なまま向き合いたくはなかった。だからこそちゃんと報告しよう。ふたりで選んだこの関係を、自分たちの言葉で。
「皆さん、すみません。少しだけ、話があるんですが」
活動後の、和やかでリラックスした空気。その中に、夕凪の声が静かに響いた。なつめも自然と背筋を伸ばす。緊張が指先から伝わってくるのを感じながら、それでも逃げなかった。全員の視線が二人に向く。いつもの仲間たち、信頼できる存在。でもその視線が、今日は妙に重く感じる――そう思ったのも束の間。
「わたしと朝比奈さんは、現在……交際しています」
夕凪の言葉は、はっきりと、そしてまっすぐに放たれた。
一瞬、静寂。空気が止まったような時間――けれど、
「いや、うん、知ってたけど?」
ぽつりと、矢野が肩の力を抜くように言う。
「ていうか、逆に今まで言ってなかったの!?ってレベルなんですけど!」
井上がコーヒーを吹き出しそうになりながら爆笑する。
「うちの代表が照れてる姿、最初見たときマジでバグかと思ったもんね~」
「こっちはもう数ヶ月、見守ってたんだけどな」
輝星もニヤニヤしながら口を挟み、紫苑に至っては、優雅に紅茶を啜りつつ、
「おっそ~い。てか、手つなぐ前からバレてたよ?」
「えっ」
なつめの声がひときわ高く裏返った。
「なつめが未来のコップで間違えて飲んだとき、誰もツッコまなかったのって、そういうことだからね?」
「わ、わざとじゃなくてっ……!」
「でも未来くん、そのあと普通に自分のコップで飲んでたでしょ? あ、これはもうそういう感じだって」
それを言われ、なつめは顔を真っ赤にして俯いてしまう。未来も穏やかさを崩さずにいようとするが、耳がほんのり赤く染まっているのは隠しきれなかった。
「皆さん、そんなに気づいていたのなら、もう少し早く……」
「いやいや、それは違うでしょ、代表」
紫苑がさらりと制するように言う。
「そこは、自分たちでちゃんと踏み出すかを見守るところ。私たちが出しゃばる話じゃないよ」
「そうそう。だから今日こうして言ってくれたのが、一番うれしいかも」
井上がニッと笑い、矢野も「おめでとー」と軽く手を振った。
「……そうですね」
夕凪はようやく口元をほころばせた。なつめもつられて、ふっと表情を和らげる。
「それならば、あらためて。私たちは今後もサークルの一員として変わらず真摯に活動します。個人の関係によって不公平が生じないよう、運営面の見直しも進めていく予定です」
「報告終わりっ! じゃ、祝杯だな!」
「おい矢野、まだ活動時間中だぞ」
「ノンアルでいいじゃん! 気分の問題!」
笑いとからかい、そしてあたたかな祝福が混ざり合って――。
この日ふたりが交わした報告は、誰にとっても嬉しい答え合わせになった。 きちんと、ふたりでここに立てたこと。それが何よりも誇らしくて、嬉しかった。帰り際。なつめはそっと、隣に立つ未来の手に自分の指を重ねた。目立たないように、でもちゃんと確かに――そのぬくもりを伝えるように。
