夏の夜の灯火

 夏の夜の暑さを簡単に考えていたわけではない。それでも思ったよりずっと暑くて、着てきた浴衣が汗で重くなっている気がする。それに多少後悔しながらも、ゲームサークルで場所取りをしてレジャーシートを敷いていたその場所に、輝星は足をくずして座っていた。

 輝星の横には浴衣を着た朝比奈遼。暑さからか、慣れていないからなのか。若干の着崩しがあるけれど、様になっている格好だ。

 花火が一つ、また一つと打ち上がる。ひゅっと飛行機雲みたいに跡を残してはじける球。はじけた先での炎色反応。ただ、炎の色が変化しているだけなのに、こんなにも。

「朝比奈さん、綺麗ですね」

「ああ、そうだな」

 ――遼。口には出さないけれど、心の中でだけ、輝星は彼のことをそう呼んでいた。今日から、少しだけ。背後の花火の明かりで少しだけはっきりとした陰影を感じる彼の顔をこっそりと覗き込みながら、輝星は微笑む。

「足痛くない? 大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

 そうは言ったけれど、少しだけ崩したままの輝星の足が疲れて震えていた。遼はそれに素早く気づき、バックから簡易座布団を取り出して、レジャーシートの上に置いてくれる。

「これ、なつめに貸そうと思ってたやつだけど」

「ありがとう」

 座るために動いた輝星をささえるように自然と出された遼の腕。輝星はそれに気づきはしたけれど、それに怯えることもなく、そのまま支えられていた。

 あのときの私なら、きっと触られることに身構えていた。でも今は、彼が私を支えようとしてくれるという行動が、ただ優しさから来るものだと感じられた。

 遼がごそごそと紙コップに冷たいお茶を注いでくれる。何気ない手の動きすらも、輝星に取ってはどこか特別なものに思えた。

「朝比奈さんって、いつもこんな風に気が利くの?」

「いや、輝星ちゃんにだけ。……多分だけど」

「なにそれ」

 照れ隠しに笑ったけれど、内心では、ずっとずっとあたたかいものが広がっていた。

 少し離れた場所で、サークルメンバーの輪から外れた二人を、夕凪と紫苑が見つめていた。

「良い空気、出てきたね」

 紫苑が紙パックのジュースをちゅうちゅうと吸いながら言う。夕凪は新しいジュースを取り出しながら、静かに頷いた。

「ええ。彼女の表情も、少し柔らかくなったように感じます」

「うん。あの子の触られる怖さって、相手を拒絶しているわけじゃないのよね」

「はい。むしろ……関わりたいからこそ怖い、という印象を、私は受けています」

「でしょー? ……だからさ、あの変人」

 紫苑が二人に目を向けたまま、柔らかく微笑む。

「本当に来てくれて良かったね」

「……同感です」

 会話が途切れる。それから少しして、紫苑がまた口を開いた。

「未来くんは、寂しくない?」

「……え?」

「輝星ちゃんが、他の人に安心してるのを見るのって。……ちょっとだけ置いて行かれる気、しない?」

 夕凪は驚いたように目を瞬かせた後、ふっと微笑んだ。

「いえ。むしろ……安心して良い相手を見つけたという証が、あの光景ですから」

「そうだね」

 その日の夜の花火は、遼が日本に帰ってきた日の桜のように満開に咲きほこっていた。でも、それよりもずっとまぶしく見えたのは、二人の間に流れる、あたたかな空気だった。