帰国

 空港のロビーには、春の陽光が柔らかく差し込んでいる。人々の足取りもどこか軽やかで、これからどこかに旅立つものと、誰かを出迎えるもの。彼らが交差していた。

 男、名前を朝比奈遼というものが、スーツケースを一つだけ引いて、到着ゲートを出た。彼は海外暮らしも長くなっていたけれど、それでも日本の空気が懐かしくなり、時々理由をつけては短期滞在という形で戻ってきていた。

 相変わらず空気は湿っぽい。それでもどこか慣れ親しんだ感覚に心が落ち着く。本家の人間から、そろそろ腰を落ち着けてはどうだと言われていたけれど、今回の帰国でそれを考えても良いかもしれない。そんなことを考えていると――。

「お兄ちゃん」

 その声に遼が振り向けば、そこには彼の妹がいた。スプリングコートの裾を揺らして駆け寄ってくる、朝比奈なつめ。彼の若干のひいき目を抜いてもかわいらしい女の子だった。

 だった、はずなのに。一歩近づいてきた彼女から、ふと感じた何かに遼の呼吸が一瞬止まる。

 あれ? 何か違う気がする。目の奥が輝いているような、それでいて、色が混ざったような。肌のキメ細かさも、雰囲気も、歩き方すら、以前とは微妙に異なっている。それはなつめが意識して変えたんじゃない。変えられたんだ。誰かに。

 無意識に遼の目がすっと細くなる。

 どういうことだろうか。職業柄、色々な人を見てきた。それでいて、この二十歳を超えた年頃の女の子の変化と言えば――。

「お帰りなさい、お兄ちゃん」

 そう言って笑う顔が妙にしっとりと、色気のある顔をしていた。

 ああ、そういうことかよ。

 遼の中の兄の本能が告げた。

 こいつ、もう女の子じゃない。誰かに触れられて。誰かを信じて。誰かを受け入れた顔だ。

「なんかお前、大人になったな」

 そう言った声は、遼自身が驚くほど酷く掠れていた。

「え? うーん、まあ……色々あったから」

「そいつ、どこのどいつだ?」

「え?」

「いや、なんでもねぇよ」

 確定だ。照れたように目をそらしながら笑ったなつめの顔に、どうしようもなく……独占欲のような、庇護欲のような、なんとも言えない感情がわき上がる。誰だ。どこの、誰が妹にそんな顔をさせるようになったんだ。自分の知らない場所で、知らないやつとだったことが、妙に悔しい。

「まあ、家まで送ってくれるんだろ? 運転は任せるわ。助手席で寝るから」

「甘えすぎ」

「たまには妹に甘えたって良いだろうが」

 それでも、なつめの笑顔にほっとする遼もいた。変わったけれど、変わらずにそこにいてくれる。それが朝比奈遼にとっては何よりも救いだった。

 ――さて。妹の隣にいるその男が、一体どんなやつなのか。 合う前から、ほんのりと戦闘態勢に入っていたのは、遼だけが知っていた。