「では、ビリーさんの体力はマイナス二になります」
「ちぇっ、ここまでってことか」
「まだここまでってわけじゃないですぜ、ここで坊ちゃんの医学が成功すればいいんですよ」
「坊ちゃんって、じゃなくて……キーパー、医学か応急手当の使用はできますか?」
「そうですね、サンソンさんは医学を高い値で持っているので、そちらを振ってください」
ゲーム進行役であるガレスに促され、ダイス二つが振られる。ゲーム参加者と周りでその様子を観戦しているサーヴァントたちが、サンソンと転がるダイスを固唾をのんで見守っていた。ゼロとイチ。その結果に湧き上がる。
「クリティカルおめでとうございます。では三の回復になるので……ビリーさんは息を吹き返します」
「本当にありがとう。失敗してたらオベロン一人に情報を預けたまま死ぬところだったよ」
「それは勘弁願いたいね。僕一人で逃げ切れる自信もなかったから、生きてくれているだけで嬉しいよ」
わいわいと盛り上がるレクリエーションルーム。その部屋の中の、歓声から少し離れた場所でナーサリーたちと立香はボードゲームを広げて、どれで遊ぶかを選んでいた。
「マスター?」
「ああ、えっと、ごめんね」
オベロンという声を聞いて思わず手を止めてそっちを眺めてしまった。盛り上がっているテーブルでは、特徴的な蝶の翅がふわりと動いているのを確認できる。オベロンがああいった場に参加するなんて珍しいと思った。
「オベロンってレクリエーションルームに来るイメージないんだけど、もしかして、私が知らないだけで結構来てるのかな?」
もしかして私がオベロンを理解できていないだけで。そう思うとなぜかもやもやとしたような感覚にとらわれる。
「あまり来ることはないのだわ。お茶会もそうなのよ。いつも誘っているのに、楽しいお話ができないだろうって、断られてしまうの」
「そ、そうなんだ」
「今日は珍しく来てくれたけれど、マスターが来てくれたからっ?!」
ガシャン。話の途中で立香が持っているボードゲームにダイスが降り注ぐ。ちょっと、何? 思わずダイスが振ってきた場所を立香は見上げた。そこにはダイス置き場の箱が倒れている。辺りにはオベロンの虫妖精たちが慌てたように、謝るように小さくなっていた。
「おおっと、失礼。君たちはマスターと遊びたかったのかな?」
「オベロン?」
「ごめんね、マスター。この子たちは何にでも興味を持ってしまうから。……こら、辺りには気をつけなさい、そう言っただろう?」
ダイスが降り注いだ音は辺りに響いていたようで、虫たちの主であるオベロンがゲームを抜けてくる。よく分からない言葉で虫たちを叱っているけれど、その視線は優しい。言動が歪んでしまうオベロン。それでも言葉の端々から、動きの端々から本音が見えるようで。本当は虫たちが怪我をしていないかとか気にしているのが分かって、こういう素直じゃないところがいいんだよね、と温かくなった。
「第一回、マスターの好きな人、気になる人について!!」
「えぇ?!」
シミュレーションでの模擬戦闘、図書館で臨時に行われた座学、それから日報記入も終わり、後は眠るだけの時間。そんな時間に開かれた夜のお茶会という名の女子会に誘われたのは、レクリエーションルームでダイスを被った後であった。
「急にごめんなさいね、マスター。もしよければ今日のお茶会に参加してくださらないかしら?」
「もちろんいいけど、いつからかな?」
マリーちゃんの口から夜の九時も過ぎた頃と言われたときには驚いた。それでもメンバーを見て確信する。これはサバフェスの打ち合わせだなと。今目の前にいる主催のマリーちゃんを始め、メイヴちゃんに、ジャンヌオルタ、その他にも数人。全員がサバフェスで見たことのあるメンバーであった。
「私の気になる人って? 第二回サバフェスの打ち合わせとか、合同サークルの話じゃないの?」
「あら、それはいいわね。でも、そんなこといつ言ったのかしら?」
「マリーちゃん?」
言葉に怒気がはらむも、マリーちゃんはそれを気にせずに微笑んでくる。今日もかわいらしいですね、王妃様。女子会のタイトルとマリーちゃんの微笑みに現実逃避をしそうになりつつも、なんとか精神を保った。
「夜に女子会といったら恋愛の話はつきものでしょ。これが学パロでベタな展開だと、気になる人が部屋に来ちゃったりするんだろうけど、安心しなさい。ここはパロディでもないから」
「それこの間の漫画で見たけど、って話が違うよ。私、気になる人も好きな人もいないって」
ロマニのことは好きだったけど、それは恋愛の好きじゃない。仲間としての好きだ。それ以外で好きな人。そんなものは分からないと立ち上がったけれど、その途端に沢山の声が上がった。
「もう好きな方はいるのではなくて?」
「あんたがあいつを見つめている瞳はとても優しそうだったから、すぐに分かったわよ」
「マイルームのベッドを貸している時点で同衾しているのと同じでしょ」
好きな人、気になる人……私が見つめている……自分の部屋のベッドを貸している相手。 ふと思い出すのはこの間魅せられた夢。ロマニとの最後の会話。何故、オベロンが目の前にいないのに彼のことを思い出したのか。ロマニが生きていた世界に喜んだのに、彼がいないと分かった途端に顔色が悪くなるほど動揺してしまったのか。
夢を見た後にサンソンから謝罪を受けた。オベロンがロマニのことを気にしていたからつい話してしまったと。きっと私に見せる夢のためにロマニを知ろうとしてくれたんだと、彼は本当に真面目な人なんだと思いながら、別に謝罪なんていらないって、と笑ってごまかした。
マリーちゃんに声をかけられたのはオベロンが虫たちを叱っていた後だった。本当に優しい人だと思いながら遠くから見つめていた自覚はある。
ベッドを貸しているのは、オベロンが無理矢理入ってきているからであって、別に同衾するつもりはなかったと言いたい。ただ、ベッドからどかない警護担当のオベロンを無理矢理動かして、空いたスペースで眠る。これが習慣化されて、いつの間にか二人で眠ってしまうことに慣れてしまっただけである。
だから、これは。この感情は。この頬に熱が集まってくるのは、断じて恋なんかではない。彼のことが気になるというのは、ただただオベロンの顔が良いからであって、それに惹かれているだけだから、彼自体にそういった気持ちを持っているわけでもないのだ。
でももし、この思い出すだけで胸の奥底が切なくなるような、知らないところがあったらモヤモヤしてしまうような、近くにいるだけで嬉しくなるようなこの気持ちが、恋だったら……。
「これって、恋とか愛、なのかな」
小さく呟く。一斉に話しかけられた言葉にかき消されるかと思ったその言葉は、辺りをしんと静まりかえらせた。
「マスターは、例えば私が彼をモノにしたらどう思う?」
「それはまず」
「彼が嫌がるって話はなしでね。私はメイヴ。でも、メイヴはマヴであり、マヴはティターニアだったって同一視されていたこともあるの。それは知っているかしら?」
「……」
彼は嫌がるだろう。それでももし、彼がメイヴちゃんの手を取ったら。それは嫌だ。彼が彼のティターニアを見つけてしまったら仕方ないと思っていたけれど、それでもそんな結末は。
「それは、嫌だ、な」
「顔を見ているだけでそんなことは分かるわよ。本当にあなたって面白いし、わかりやすいし、かわいらしいわね。逆に彼に嫉妬してしまいそうよ」
「あはは、それも勘弁して欲しいな」
「大丈夫よ。マスターのことは大切だけど、あいつには手を出す気はないから」
なぜだか手を出す気にはなれないのよね、と涼しい顔で微笑まれる。それは多分、貴女にも心に決めた方がいるからでしょうと言いかけたけれど、それは野暮であると思った。ただ、できることと言ったら、メイヴちゃんの大切な人がカルデアに来れるように縁をつなぐこと。召喚をすること。ただそれだけだ。
言いたいことは分かるわよね、と挑戦的なメイヴちゃんに頷くと、目を細めて彼女が口を開いた。
「ところであなた、この思いは何なのかって言ったわよね」
「うん」
「私は願い下げだけど、オベロンとの幸せを願えたのだったら、それは愛だといっていたわ。でも、あなたはそれを嫌だと言った。マスター、あなたは自分とオベロンの幸せを願っている。あなた自身が彼の隣で幸せになりたいって願っているのよね?」
「う、うん」
「それだったら、その想いは恋。これでいいと思うわ」
こい、コイ、恋。メイヴちゃんの発した言葉が形となって心に響く。否定したいと思っていた思い。これが恋。
最初に恋をするのは人が良かったなと思いつつ、想ってしまったのは自身のサーヴァント。オベロン・ヴォーティガーン。愛を持つことは決してないと言っていた彼によりにもよって想いを寄せてしまうだなんて。
それでも、ただそれでも。
報われなくて良い。想うだけでも許して欲しい。きっと彼はそれすら視えてしまうから気持ち悪いと思ってしまうかもしれないけれど、それでも許されるなら。
いつの間にか芽生えて育ってしまったこの感情に名前が与えられ、それを自覚したら摘み取るのがもったいなくなってしまった。どう成長するのか、そもそもこれ以上成長させてしまうのが良いことなのかも分からない。 自覚したばかりの気持ちにどこかうれしさと温かさを感じながらも、さて、マスターが想いを自覚したところで、と続けられた話に入っていくのだった。
