今まではずっと、触れられることを怖がってきた。気づいたら避けていた。無意識に腕を引っ込めていた。男の人が近づいてくるたびに、脳が逃げろと警告していた。でも、今は――。
数歩先を歩く遼の手に、触れたいと思っている。それが、自分でも信じられないくらいに自然で、穏やかだった。
夕方。サークルの帰り道。帰宅の流れで遼と輝星は二人で並ぶように歩いていた。
言葉はないが、ただの沈黙でもない。夏が終わり、少しだけ冷え込む風が吹いた。その風に背中を押されるようにして――輝星は、そっと遼の手に指先を重ねた。
遼の動きがピタリと止まる。驚いたのが、肌越しにも伝わった。でも拒絶ではなかった。
「……輝星ちゃん?」
低く、優しい声。少し戸惑って、でも、何かを悟ったような響き。輝星はうつむいたまま声を絞り出す。
「今は、怖くないから。……自分で、触れてみたくなったから」
沈黙。
でもすぐに、遼の手がそっと、輝星の手を包み込む。それはまるで、雪を溶かす春の柔らかな日差しのようであった。
「そっか……ありがとう」
たったそれだけなのに、涙が出そうになる。ここ最近、泣きそうになってばかりだなと輝星は思った。
手のぬくもりが、心の奥までしみこんでいく。痛みじゃない。恐怖じゃない。ただ、あたたかい。人に触れるって、こんなに優しい感覚だったんだって、今更知った。
私は今、自分で選んで、この人に触れている。それが嬉しかった。それが救いだった。
