「なつめ、ちょっとさ、喫茶でも行かない?」
金曜の昼休み。LINEに届いた輝星からの短いメッセージに、なつめは一瞬きょとんとしてから、『うん、いいよ』と返信した。なんとなく、呼ばれる気がしていた気もする。
待ち合わせたのは、駅から少し離れた落ち着いた喫茶店。窓際の席には午後の光が柔らかく差し込み、壁際のランプが控えめに空間を照らしている。にぎやかすぎないBGMと、適度な客のざわめき。会話を始めるには、ちょうどいい静けさだった。
輝星はいつものようなテンションではなかった。話し方もどこかゆるやかで、笑顔を絶やさないものの、その奥に小さく揺れる何かが見えた。なつめは途中からその違和感に気づいていた。
「これ、美味しいよ。オレンジピールのチーズケーキ。ハマってんだ」
「へえ、知らなかった。ありがとう、頼んでみる」
ふたりとも、笑っていた。でも、その笑顔の奥にある温度がいつもより少し低いことに、なつめは気づいていた。目の前のケーキは確かに美味しそうだった。けれど、口に運んだ甘さは、どこか味がしなかった。
なんだろう。明るく話してくれてるけど、たぶん……言いたいことがあるんだ。
フォークを動かしながら、輝星の視線は何度も窓の外を彷徨っていた。言葉が宙に浮いては消えていく。やがて、フォークを静かに置く音とともに、その声が小さく落ちた。
「なつめってさ、未来のこと……」
その一瞬、空気が止まった気がした。呼吸の仕方すら分からなくなったような感覚に、なつめは身を固くした。
「もしかして、好き?」
ストレートすぎる問いに胸がきゅっと縮こまる。まっすぐで、少しだけ傷を負ったような、それでもどこまでも優しい目。責めるようなトーンはどこにもなくて、ただ確かめたかったのだと伝わってきた。
「なんで、そう思ったの?」
「そうだったらいいなって、思ってる自分がいたから。……わたし、ちょっと前まで未来に少しだけ恋してたからさ。でも、気づいちゃったんだよね。あの人が本当に優しい顔するときって、なつめが近くにいるときなんだって」
「……」
「だから、ちゃんと聞きたくなった。わたし自身にもなつめにも、はっきりさせたくなった。それって、もう好きなんじゃないかなって。……どうなの?」
逃げ道のない問いだった。でも、刺すための言葉じゃない。まっすぐに、正直に、知ろうとしてくれている。だからなつめも逃げたくなかった。
少しだけ俯いて息を整える。そして、ゆっくりと口を開いた。
「自分でも、ちゃんと好きって認めたの、つい最近だった。最初はただ尊敬してたんだよ。でも、気づいたら目が合うたびに嬉しくて。笑ってくれると安心して。隣にいたいなって、思うようになってた」
声は小さかった。でもそれは確かに、恋を語る声だった。
「そっか」
輝星はふっと笑った。その笑顔はどこか寂しげだったけれど、それ以上に清々しかった。
「よかった。そういうなつめを見るの、なんか好きかも」
「ごめんね、こんな話させちゃって」
「謝んないでよ。わたし、もうとっくに前に進んでるし。……でもね、恋を終わらせた人間ってこういうとき強いんだよ。遠慮せず、応援できるから」
その言葉になつめの目の奥がじんわりと熱くなる。気づけばぎゅっとフォークを握っていた手の力が、ふっと緩んでいた。
「輝星……ありがとう」
「言うよ。頑張りな。後悔しないように」 その一言が、胸の奥に灯をともした。ようやく、自分の好きを認めた今。それを行動に変えてもいいんだと思えた。今この瞬間に、そっと背中を押された気がした。
