様子が違う

 最近、朝比奈なつめの様子が少しだけ違っている

――そう感じたのは、夕凪未来がふとした瞬間に目を向けたときだった。

 視線が合ったとき、ふいっと逸らされる。呼びかければ返事はあるが、ほんの少し声のトーンが高くなる。距離を取られるわけではないのに、こちらが少し近づくだけで、彼女は目を瞬かせたり、指先をぎゅっと握ったりと、どこかそわそわした空気を纏うようになった。

「……?」

 思わず、何かあっただろうかと考える。自分が知らずに失言をしたか、気づかぬうちに不快な態度をとってしまったのかと。

 けれど、どうにもその様子は避けているというより――気にしているに近い。

 もともと彼女は、表情が豊かで、感じたことを素直に口に出すタイプだった。だからこそ、言葉にされない空気の変化が、逆にとても分かりやすかった。夕凪が何か説明をしているときも、話を聞いているようでいてどこか上の空で、返事がワンテンポ遅れる。気づくと、ノートの端を無意味にいじっていたりする。資料を渡す際に手が触れそうになると、わずかに肩が跳ねて、そして次の瞬間にはその動きに自分で驚いたように、視線を伏せてしまう。

 違う。これは拒絶ではない。むしろ。

 確信に近いものが夕凪の胸に浮かび上がる。これは、誰かを意識しているときに見せる反応だ。少なくとも、過去の経験則からすればそう思える。

 だが、それに気づいたからといってどうすることもできなかった。夕凪はこのサークルの代表であり、なつめにとっては上司に近い立場でもある。職務上、私情を混ぜるべきではない。感情に任せて言葉を交わしてしまうことが、彼女の成長や安心を奪ってしまう可能性だってある。

 それに、自分自身の感情だって――明確な形では、まだ整理できていない。あたたかさとして確かに胸にはあるのに、それを恋という言葉で結んでいいのかどうかさえ、まだはっきりしない。ただ、確かに、気づけば彼女を目で追ってしまっている。彼女が笑えば安心し、落ち込んでいれば気になって仕方がない。それだけは、もう嘘ではないのだ。

 でも、ただでさえ、彼女は今、「自分の足で前に進むこと」を始めたばかりなのだ。

 だからこそ――。

 そんなある日、部室の片隅。書類を渡そうと振り返った夕凪に、なつめがそっと一歩だけ近づいてきた。彼女の手には、丁寧にたたまれた淡いグレーのカーディガンがあった。

「あの……これ、この前の、お返しします」

 彼女の声は少しだけ震えていた。けれど、差し出す手はまっすぐだった。

 夕凪は一瞬だけ目を見開いたあと、静かに微笑む。

「ありがとうございます。丁寧に扱ってくださって、嬉しいです」

 自分の衣服が彼女の手の中で優しさの記憶として戻ってきたことが、ほんの少しだけくすぐったかった。

「いえ。かけてくださって、本当に助かりました」

 なつめの声はたどたどしく、頬には明らかな赤みがさしていた。視線は合わないまま、けれど手元はしっかりと揺れずにいた。

 やっぱり、変わったな。

 夕凪は、彼女の変化を受け止めながら、そっと目を細める。その成長と、心の揺らぎのはざまで揺れている様子が、どこまでも愛おしく感じられた。

 ――けれど、自分はどうすればいいのだろう。

 彼女が気づき始めた感情に対して、自分はどう向き合うべきなのか。まだ答えは出ていなかった。ただ、心の奥で、静かに波紋のように広がっていくものがあった。

 ふたりの関係は、確かに少しずつ、けれど確実に、あたたかい変化を迎えつつあった。