死神さんとの口づけ

血を模したチークに、唇には青いグロスをつけて。これで良し、と立香は鏡の前で確認を取る。今回もまた発生した特異点。それは遊園地に発生したもので、遊園地に来たお客様を喜ばせないと、取りこまれたサーヴァント達が出られないというもの。立香はお客様を喜ばせるために、ホラーハウスのキャストの一人となって調査することに決めたのだった。

「マスター、よろしいでしょうか?」

「あ、サンソン……って」

 スタッフ専用部屋の化粧室に入ってきたサンソンに振り返り、そうして見慣れていない衣装に立香は口をぽかんと開ける。目の前には、スリットが深く入ったローブをまとっている、大鎌を持ったサンソンが立っていた。

「すごい!かっこいいね。そのスリット部分も、とってもいいと思うよ!」

「これは、すいません。僕としては少し恥ずかしいのですが」

「え?どうして?」

「ええと、それは」

 立香から見たら、普段見られないサンソンの足がスリット越しにとは言え、惜しげもなくさらされているのはとても良いと感じていた。ただサンソンはそんな立香に対して、言葉を紡ごうとして口をわずかに動かしてから、詰まったように考え込んだ。立香はどうしたのだろうと覗き込むように近づいてサンソンの顔を見るも、肩を両腕で触れられて距離を置かれる。

「それは、ですね……あまり足を晒すことがないから、ですね」

 足を晒すことは恥ずべきことである。そんな常識も確かにあったなと立香は思い出す。確か、モーツァルトの映画の中でも、奥さんが大衆の前で足を晒したことに対して激怒していた。そんなシーンがあったはずだ。

「それは、ごめん」

「いえ、わかっていただけたのであればいいのです」

「足を人前で晒すって確かエッチな事、だったよね?」

「いえ……確かにそんなこともありますが、そちらではなく。現代ではそんな意味もないでしょうし、ただ僕が慣れていないだけですから」

 慌てたようにサンソンは違うと否定する。立香の気のせいかもしれないが、顔を紅潮させながら、立香が座っていた化粧台の横の、同じような椅子に座った。

「えっと、サンソンも化粧するの?」

「ええ。これからキャストのブロマイドを作るようでして、一人一人の撮影があるようですよ。リツカもそれでここに来たのではないですか?」

「私はそうじゃなくて遅番で。今から勤務だからね」

「そうだったのですね。僕はこれが終ったら帰りますが、立香の勤務が終ったら迎えに来ましょうか?」

「大丈夫……って言いたいところだけれど、頼んでいいかな?暗い夜道はちょっと怖いし、大我麻持った死神さんと一緒にいたら安心かも」

「ふふ、帰りには元の僕に戻っていますよ?」

 わかってるよ。その恰好、恥ずかしいって思ってるんでしょ?立香は笑いながらも、何かを思いついたようにサンソンへ再び近づく。

「どうされました?リツ……んっ」

一度、二度。突然の立香からの口づけに驚きながらも受け入れえる。立香は角度を変えて、サンソンの唇に自分の口を余すとこなく付けた。

「うん、これで、いいかな?」

「……いい、とは?」

「鏡、見てみて」

 見てほしいという言葉に鏡に顔を向けると、なんと器用なことにサンソンの口が青く染まっており。サンソンはあきれながらも立香にその口を開く。

「リツカ、もし僕が着ける口紅が青じゃなかったらどうするつもりだったのですか?」

「え?その衣装には青じゃないの?」

「確かに青ですが、そうではなく。そもそもつけない選択肢もあるでしょう?」  それは考えてなかったという立香にため息をつく。そうしながらもサンソンは、珍しく積極的だった立香の口づけをもっと受けたいと、その時の幸せだと思った気持ちを押し込めようと、冷静を装いながら隠すのだった。