気づいてはいけない想い

 いつからだったのだろう。きっときっかけは小さなこと。興味を持ったきっかけは、狂化を受けてもなおあったその心。その言葉。想い。深く知ることになったのは、夢の中。そうして、向ける感情は。

 ここまで考えて藤丸立香は考えを霧散させる。ダメだ、その先を考えてしまっては。今は人理修復が終ったとはいえ、気を抜いてはいけない。残した四つの亜種特異点。その最後を訪れるときがきっと近いのだろう。そうしてそれを解決した暁には、別れが待っていることは理解していた。

 シャルル=アンリ・サンソン。彼のことを藤丸立香は信頼していた。最初の特異点を探索していた時に召喚。それから最後の時までを共にした大切な仲間であった。ただそれと同時に、どこか胸が締め付けられる思いも持っていた。端的に言葉に出来ないだけで、この想いの名前を知らないだけで、大切なものだと思っていた。

 胸が締め付けられるこの想い。これに覚えがないわけではないし、理解できないほど年若くもない。けれど、これを声に出せない。名前を知らないと偽りたい。大切という思いで止めたい。だって、だって……名前を付けてしまったら別れがつらいから。それだったら、別れてしまうのが確定しているのであるならば、綺麗な思い出として取っておきたい。藤丸立香はそう思った。

 シャルル=アンリ・サンソンの資料をもう何度目かわからないほどにめくる。場所は図書館の誰も来ないほど奥。この場所に来るのはせいぜい締め切りに追われた作家組だろうと、声もかけられないことに安堵して、資料を仕舞った後に、思いの丈を開いていたノートに綴る。出会ってから、彼を理解していってから。だんだんと、彼のことを考える時間が増えていってから。なぜか泣きたくなってしまい、一人で泣いた夜。そのすべてをノートに記録していた。一冊埋まったらシュレッダーにかけて、そうしてまた一冊。在庫管理をしていたドクターに無理を頼んで数冊もらってきたノートに思いを綴る。何かに自分の気持ちを書いて発散することはいいことだよと言われたからその言葉に甘えていたけれど、もう少しでそのノートもなくなってしまう。今在庫管理をしているのはそれを引き継いだサンソンだった。

「これは、言えないな」  精神安定のために何冊かノートをもらって、想いを書いたらシュレッダーに入れてます。そうですか、ではどうぞ。なんて、そんなことにはならないでしょう。思いのほか大きな文字で書いてしまっていたそれを眺めて、改めて小さな文字で書き直す。消すことはできない大切な想い。シュレッダーに送る日も近いと思いつつ、ノートも閉じるのであった。