「精神の治療は範囲外です」
「そこをなんとか」
「勃起不全の薬なら出すことはできますが」
「そうじゃないんだよな~」
妖精王の姿を取り、愛し合うものと身体を交わすためにはどうしたら良いかと医務室を訪れる。今度は保護者サーヴァントよりも、より治療に関して積極的なサーヴァントの方が良いだろうと思い医神を訪ねたつもりだったが、いたのはクリミアの天使。逃げだそうとしたところでベッドを持ち上げたので、なんとかそれを押さえつつ、会話をした結果帰ってきたものは勃起不全の薬というなんとも言えないものであった。
「何か問題でも?」
「いいや、問題だらけさ。僕の性機能に問題はない。僕が言いたいのはセックス中に吐きたくなる気持ちをどうにかして欲しいんだ。だから処方されるとしたら吐き気止めなんじゃないかなって思ったんだけど」
「吐き気止めよりそちらの方があなたには必要だと感じましたが?」
それとも精神安定剤を処方しましょうか?
立香のベッドの下に吐いてからも、何度も立香を抱こうとした。抱こうとするたびに吐き気と頭の中を埋め尽くす何かでいっぱいいっぱいになり、思考が停止する。そんなことならいっそのこと快楽で埋め尽くされていた方が良かっただなんて考えながら、今の立香に対しては劣情すら感じていないことを確かに思い起こすのだった。
「……フローレンス、君は一体どこを見てそう思ったんだい?」
「どこをと言われましても、今のあなたを物語る全てがそうだと言っているようなものかと」
「そうかい」
彼女はバーサーカー。話を通じ合わせることは難しいが、そういうことなのだろう。患者を診て、彼女の知識の中でできることを。まるで夜中にろうそくを持って暗闇の中を歩いていくように、心細いかもしれない中をしっかりとした意志を以て必要なことに当たりをつけるのだ。彼女は狂っていたとしてもそんなものだ。
「悪かったね、ありがとう。勃起不全の薬は……考えておくけど、精神安定剤の方は使ってみようかな?」
「ええ、そうすると良いでしょう。ただ」
「ただ?」
「あなたのそれは、あなたの根本をしっかりと見据えないと回復しないと思いますよ?」
「……」
もう一度言おう。彼女はバーサーカー。彼女の言っていることは当てにならないかもしれないが、それでも危険だと直感する。再びエラーと言った文字が頭の中に浮かびそうになるのを押さえながら話を聞くことにした。
「医療班、正確にはダ・ヴィンチ顧問とそれに近いものたちは第六異聞帯の記録を全員が把握しています」
あなたが先日サンソンと話して、彼が記録について打ち明けたようにです。婦長は無表情のまま続ける。
「あなたは何者ですか、妖精王オベロン?」
「僕、は」
「いいえ、あなたは自分が誰だか、どんな存在だかを分かっていますね。それでよろしい。それを深く突き詰めていくのです。そうすれば、完治するでしょう」
「……」
俺がすでにどんな存在だか彼女は理解している。その上で、こうやって話しているのだ。
俺はあの甲板の上で藤丸立香に打ち明けた自分の存在についてを思い出す。あの言葉にゆがみがなかったかと言えば嘘になる。それでも、俺は。
「ああ、そういうことか」
エラーの正体。分かってはいたけれど、マスターの前で認めたくはなかった。何で認めたくなかったかは未だに分からないけれど、それでも、ただ愛がないことを認めたくなかったのだと思った。
嘘だって百回言えば本当のことのようになる。どこかに転がっていたような言葉だが、それは大体真実だ。
言葉にできない愛を囁いて、好きだという想いを腕に込める。人間だったら簡単にやっていること。それが俺にはないけれど、今まであるように藤丸立香と演技してきた。そうしていつしか、それを自然に捉えられるようになったと感じていたのだ。
嘘だって百回言えば真実のようには聞こえるだろうけれど、それは所詮嘘である。
演じてきたものは嘘だった。愛のない生き物が愛をあるように振る舞う。そんなことをしたらエラーが表示されるのは当たり前だ。そう思った。そう思ってしまった。
「ありがとう、婦長さん。忠告痛み入るよ」 口から漏れるのは軽薄な笑み。その笑みに何を感じたのかは分からないけれど、止めようと開いた口を無視して、俺は医務室から出るのだった。
