第二話 立ち止まって考えてご覧なさい

 オベロンが情事中に吐いて部屋を飛び出してから五日。私は女王に謁見を申し入れていた。

「それで、我が妻よ。妖精國の何を聞きたいと?」

「えっと、それなんですがね、妖精王オベロンのことを」

 妖精國のキャメロットを模したシミュレーター。口にした瞬間に下がるように感じられる部屋の温度。彼の敵である彼女にそれを聞くのは良くなかったかなと思いながらも、頭を下げた。

「我が妻よ。あれほどあのクソ虫に心を許してはならないと言ってきたでしょうに」

「ごめんなさい。でも、その忠告は聞けません」

 第六異聞帯を超えて、彼らを召喚して。それからも共に過ごして。元々旅の最中から惹かれるものはあったのだし、情が移らない方が無理であった。

「ええ、あなたの性格を含めて、それは理解しております。だからこそ、止めたのです」

「……」

「あれは人の姿と似たような姿をした、妖精でも人でもないもの。もし情を交わそうとすればきっとお互いに傷つけ合うことしかできない。お前はそれを分かっているのですか?」

「それは」

 付き合っていることを口にしていないのに、すでにそこまで理解してしまう女王モルガン。彼女の言っていることを理解してはいるつもりだったけれど、吐かれるまで理解ができていなかった。

 彼は人と同じような姿をしているけれど、人と同じような感情を持っているけれど、それでも違うところから生まれた生き物。私ともモルガンたちとも違うものなのだ。きっとそれが分かっていなかったからあんなことになってしまった。負担をやっぱりかけてしまっていたのだと思い直す。

「私には分かっていなかったかもしれません」

「では」

「でも、だからこそ、私はオベロンを理解したい。しっかりと知りたいと思うんです」

 もう遅いかもしれない。あれからオベロンは部屋にいることはあっても、決して私に触れようとしない。こちらから触れようとするとさっと避けてしまう。それでもオベロンのことを少しでも理解できれば、現状を変えられるかもしれない。このまま関係を解消してしまうのは嫌だ。私のわがままかもしれないけれどそう思った。

「我が妻、いえ、リツカよ。お前は本当にあれについて知りたいのですね?」

「うん。私のことを親愛として妻と読んでくれるのは嬉しいけど、それでも私はオベロンのことが好きだから」

「仕方がありませんね。と言っても、私もあのクソ虫について知っていることなんて数少ないですが」

 妖精王としてのオベロン、奈落の虫、ヴォーティガーン、モースの王。女王は次々に終末装置である彼と妖精國についてを語る。

 全てを終わらせるために存在した終末装置オベロン・ヴォーティガーン。彼女の話す彼の話を聞いていると、終末装置としての存在の対極にある生み出すための行為を求めるのはやはり酷なのではという想いが強くなった。

「リツカ、お前の考えるように、あの男にとっての行為は酷になるとは思います。ただ」

「ただ?」

「リツカはそもそもの話として、お互いを知ってから行為に及んだのですか?」

「……?はい」

「では、あの男がいつ頃発生したのかも理解しているのですね。妖精國で私の後継者となるものは十六歳でした。そして、あの男は妖精國では齢十八だったと記憶していますが」

「ええっ、と」

 オベロンの口から直々にオベロンの発生については妖精國で聞いていた。吐瀉物としてあったオベロン。羽化するまで虫に見守られていたオベロン。それは知っていたけれど。

「私、それは知らなかった」

 サーヴァントは聖杯から知識が授けられる。それをうまく使えば実年齢よりもずっと大人びた態度だって取れる。さらにオベロンの場合はモースの王であった記憶もあるからそれも含めて年齢が曖昧に感じるところもあったのだろう。それでも、記憶にある自分より年齢がいくつか下であることに驚いてしまう。

「やはり、そうでしたか。……リツカ、あなたは自分では意識してはいなかったと思いますが、なかなかに酷いことをしていると思いますよ」

 存在理由と真逆の行為をさせていることだけでは無い。妖精はそもそも次代があるから性行を行う必要が無い存在であるし、聖杯の知識があるからといってオベロンに全てを任せてしまっていた。それが大きな負担になっていたのだろう。

「相手があのクソ虫であるので、私としてはもっと苦しんでもいいと思います。ですが、リツカの番いでもあるのです。これ以上は言いませんが、お前たちは少し立ち止まるべきですよ」

「はい、女王モルガン。ありがとうございます」

 立ち止まるべき。確かにそうかもしれない。オベロンのことが好きだと理解してから、オベロンからも想いを伝えてもらってから、身体を交える関係になってから。全てが早すぎたのかも。最近オベロンが私に触れてこないのもきっとあのときのことだけでは無い。  そう思いながら謁見の間から退室するのであった。