「妖精王オベロン、今お時間よろしいですか?」
「ああ。構わないけどなんだい、バーゲスト。戦闘が終わったばかりだけれど、君は大丈夫なのかい?」
「お気遣いありがとうございます。ただ、私は平気なので」
これは面倒くさいことになったとオベロンは思う。バーゲストと妖精王オベロンと言ったら相性が悪すぎるものではないかと感じるものも多いかもしれないが、実際その通り。オベロンはバーゲストに夢を魅せることでだましたし、バーゲストはウェールズの森を焼き払った。そんな相性の悪い二人が何故話しているかと言ったら共同訓練のためであり、オベロンのスキルとバーゲストの宝具の相性が良かったことから組み合わせられた結果であった。
ごめんね、と言いながら冷や汗をかきつつ苦笑している立香の顔を思い出す。全く、本当に面倒なことをしてくれたなと思う。
バーゲストがここ最近オベロンを探していたことをオベロンは知っていた。その理由までは分からないけれど、バーゲストが動いていると言うことは十中八九モルガンが何かしらの命令を彼女に下したのだろう。モルガンの予想通りには動きたくない。今は味方として共に戦うことになっているけれど、水と油。敵同士。なるべく関わらないようにしていきたいと思っていたのだ。
「それで、なんだい。こんなところで呼び止めて」
「これは陛下からのお言葉ですが、あなたと話をしてきて欲しい、と」
「うん、それは分かっているよ。だからその話って何だろうなって思ったんだ」
本題を早く言えと促す。そうすると、バーゲストは何故か口を紡ぎ、もじもじと彼女らしからぬ動きを見せる。妖精眼で真意を確認するようにすると、立香の文字が見えた。
「マスターがどうしたわけ?」
「あなたは……! いいえ、良いでしょう。あなたはマスターと男女の関係を持っていると聞きまして。それで、あまり今よろしい関係ではないとも」
「はは、クソ野郎ども。ここにはプライベートとかプライバシーって言葉はないのかい? おっと、失礼。それで僕がそうだと言ったら、君はどうするわけ? まさか僕の森を焼いたように、僕自身も焼き払うのかな?」
挑発したいわけではないが、そんな言葉が口を出る。ただそれぐらいなら無視できるだろう。僕の特性を理解しているだろう? と視線を向けるとため息をつかれた。
「そんなことは。ただ、あなたが勘違いされているかもしれないと思ったから、声をかけただけですわ」
「勘違いってなんだい?」
「あなたは、自分が愛も何もない生き物だと思っている。違いますか?」
「……、なんでそう思うんだい? 妖精王オベロンと言ったらティターニアに愛を向けていたものじゃあないか。そんな王様に愛がないなんて言うなんて、君は酷いやつだな?」
「汎人類史の妖精王については存じておりますが、あなたはただのオベロンではないですし、最近は私が見ていてもどこかおかしい。確かにマスターの指示は聞いていますし、コンビネーションを取っていても不覚はありませんわ」
ただ、と続けられる。バーゲストの顔はいくら茶化したとしてもこちらを真剣に見据えていた。
「ただ、私も陛下も、おそらく他のものも気づいておりますわよ。あなたがマスターからどこか距離を取ったり、何か物思いにふけっている様子を」
「……」
これは参った。僕としてはそんなことをしているつもりはないんだけどな。そう言えば良いところだ。けれど考える。これはこのままモルガンへ報告が流れるだろう。そこで濁しただなんてことになったら、俺への風当たりが余計に悪くなるだろう。それは、うまくやるためには悪手。全く本当にとんでもないものを持ってきてくれたと思った。
「僕としてはそんなことはないと思うけれど、バーゲストが言いたかったのは何かな?」
「私は、あなたがもし愛に突いて悩んでいるのでしたら、あなたに愛はある。そう言いたいと思って話しかけたのです」
「……、それを言いに来ただけ?」
「ええ。ちなみに根拠をあげるとしたら、私に魅せた夢。それが一番の根拠」
あの夢の中でもアドニスは私を変わらずに愛してくれました。マンチェスターの悪妖精を見るまでは幸せな夢に浸れました。もし、貴方が愛を知らなければそれは見ることができなかった光景なんだと私は思っておりますわ。
言葉が出なくなる。何でこんなことで言葉が出なくなるんだと、否定の言葉を返そうとしても言葉が出ない。愛なんて嘘で演技じゃなかったのか、そう言いたいけれど、その言葉すら自身に否定される感覚がする。どうして、何でなんだ。拒絶の感覚にエラーと言う言葉が再び浮かんできた。
「……」
「顔色が悪くなりましたが、ようやく認める気になってくださったみたいで」
「俺は、認めない。こんな、こんな感情は」
「そうでしょうね。でも、それが私が見た事実、真実。貴方には愛がある。それも、マスターに向けている愛が……長く引き留めてしまって申し訳ありませんでしたわ」
もう伝えたいことはない。妖精眼越しにそれを言葉にされる。まったく話したいことを話したらもう良いってどういうことだい。そう思いながらもバーゲストから距離を取る。
やっぱり彼女と話すべきではなかった。婦長と会話したときに決定づけた想いがどこかずれたような感覚を感じとる。このままではいけないのかもしれない。それでもバーゲストの言葉を否定しきれない。
自身の思いなのに言葉にすらできない、文字にできない想いを抱えながら、俺はマスターの部屋に無意識に足を運ぶのだった。
