吐いてから何度も立香を抱こうと思った。けれどそれは叶わず。部屋に入ることはできる。ベッドに寝っ転がって彼女を待つことだってできる。それでも彼女に触れようと動こうとするだけで固まってしまうし、彼女から触れられそうになると避けてしまうことが続いていた。何をしているんだ、自分は。それでも行為を連想するだけで吐き気がこみ上げ、普段の触れ合いですら身体が拒否していた。
「オベロン、いる?」
「ああ、いるけど」
「よかった。ねえ、そっちに座ってもいい?」
「別に良いけど」
部屋に入ってくるマスターにベッドの端へと身体を動かす。だるい。これ以上何も考えたくない。
召喚されたばかりの燃え尽き症候群のようになっていた自分に戻ったみたいだ。ブリテンは崩壊させることができた。満足だった。立香たちに倒され、奈落を永遠と落ち続けることに納得していた。それでも、一瞬だけ見えた汎人類史の空に、奈落の虫の隙間から見える光に手を伸ばしてしまったのだ。その結果がこの召喚。そうして最近悩まされているのは立香との関係だ。
性的関係を持っている。端的に言ってしまえばそういうことだろう。それでも、虚空にあるこの胸がざわつく気持ちは何だ? 存在しないはずの気持ちに、理解できないはずのその想いに名前を振りたくなる。その感情に名前をつけずに立香と恋人になって、好きだ、■してる。その言葉を受けるたびにざわざわ、ざわざわと苦しくなった。感じたことの無い気持ちに気分が悪くなった。
「この間、モルガンに会ってきた」
「……、それで?」
「モルガン、すごいね。オベロンと私の関係を何も言わずに分かってた」
それはバーゲストと会話したことで分かっていた。ただ、俺は数日以内に殺されないか? なんて思った。千里眼なんか無くても分かる未来にため息をつきたくなっていると、勝手に立香が話を続ける。
「私、モルガンにオベロンのことも聞いてきた」
「……」
「それでね、謝りたいって思ったんだ」
「何をだよ」
「全部。でも、先に行っておくけど、別れたいとかじゃなくて、ただ謝りたいの」
ごめんなさい。全部任せてしまって。それでいてオベロンのペースじゃ無くて、私のペースで進めてしまって。
立香のたったその短い言葉にカチリとピースがはまるような、エラーの音が減ったような気がした。そうして気がつく。ああ、俺は無理をしていたんだな、と。
妖精國に存在していた頃は自分のことなんて顧みる暇は無かった。無理をしてでもブリテンを崩壊させなければならなかった。でも、今はそんな風に自分を蔑ろにする必要なんて無い。
目の前の立香は苦笑いをして続ける。
「それからね、私ここに戻ってくるまでに考えてたの。どうしたら良いかって。別れ際に少し立ち止まるべきだって言われて、それで私なりにどうすればいいんだろうって考えたんだけど」
「どうするんだよ」
「こう、するんだよ」
ごめんね。今だけは私のペースにしちゃうね。謝られ、左手を握られる。
「っ……!」
「急にセックスしたから驚いちゃったんだよね、多分。だからこうやって、少しずつお互いを理解していこう? って。愛を知っていこうって。駄目かな、これじゃあ」
久しぶりに触れられた左手が彼女の熱で熱くなる。それでも混乱は起きない。彼女を拒絶する気持ちは湧き上がらない。
それどころかもっと彼女に触れたいという気持ちが湧き上がってしまう。全く単純なことでと、自分のこの変化にあきれている自分もいるけれど、これだって悪くは無いんじゃ無いか?
「別に、構わないけど」
皮肉にはならずに言葉が出る。これでいい、これだけで彼女には伝わるだろう。立香にはやっぱり伝わったようで、笑顔を向けられた。
「……ところできみ、なんだか今日は俺のこと子供扱いしてないかな?」
「あ、ばれちゃった? って、一応子供扱いはしてないよ。ちゃんと男の人だって分かってるけど、ちょっとだけ、ね。モルガン陛下からきみが十八歳だって聞いたら可愛く見えちゃって」
「はぁ?!」
何をしているんだ、あの女王は。どうしてそう余計なことを。 虫でもけしかけてやろうかと思いつつも、立香の悩みを真剣に聞いてアドバイスしたのだろうと分かってしまう彼女の表情を見て、今回は見逃すかと思い直す。そうして左手でゆっくり握り返すのだった。
