「最後の時は、私を奈落へ連れて行って」
召喚をされ、その場で種火を摂取させられて。唖然とする中、さっそくと連れていかれたマスターの部屋での一言。最後の時という言葉に違和感を感じながら、真意を理解し、舌打ちをする。
妖精國で対峙した時にも見られなかった彼女の心の弱さ。それは弱さなどではなく、既に心が壊れかけていた、けれど何かを感じる心を必死にかろうじで繋いでいるものがいた。そんな者を守るためにも。そういった言葉の裏に隠れた彼女の心を視てしまい、気持ち悪さがこみ上げる。
心に決めた相手もいる。それであるのに、彼女はその相手に頼らない、頼れない状態で自分の最後を決めきっている。勿論、結論から考えてしまえば正しいことなのかもしれない。彼女自身を触媒として召喚しようと思えば、この場にいるどんな英霊をも召喚することが、自分さえもできてしまったのだからできるだろう。だから、死後に身体が、生き切った痕跡が、残らないようにするといった点では、自分や外宇宙から来た神の依り代に頼ることが最善。そして、それを理解していて、その考えを視ることで理解できる自分にお鉢が回ってきたのだろう。
彼女のことを一度は奈落へと引きずりこもうとした自分だ。それだけに引き込むことに対して抵抗がないとも考えていることに、絶対にその通りにしてやるかという思いを感じながら、ため息をついた。
「はぁ……きみ、それをして俺に何かメリットはあるわけ?それともマスターのいうことは聞けって、ただ働きでもさせるわけ?」
「それは、ごめん。正直オベロンにはメリットはないと思ってるけど」
人理のため。それから、私が大切にしたい人たち、サーヴァント達を守りたいため。彼らを利用させないため。口に出したマスターの言葉に嘘はなく。ただ隠していることを知らせる、そらされた瞳を眺める。
「ふぅん?ずいぶんお人よしだね、きみは。ただ、それだけじゃない、だろ?」
「うん。でも、それに関しても大切だから、オベロンの前で嘘はついてないよ」
大切、なのだろう。召喚室から移動するときに偶然すれ違った黒い外套を羽織ったサーヴァントの姿と、それを一瞬見つめた、目の前の少女を思い出す。熱の籠った瞳は、ある時から消え去ってしまった、自分を見つめていた■■■■■■を思い起こさせ、それを思い出した自分に嫌悪感を抱いていたのだった。
「私はオベロンの前では嘘をつかない。でも、本当のことを全部言えるわけでもない」
「それって、嘘を言っていることと同じか、詐欺師の思考じゃないか?」
「そうかもね。でも、私にとっていろんな意味で大切な人を守りたいのは本当だもの。それに、ブリテンで出会って、こうやって召喚に応じてくれた君のこと、信頼しているのも本当だから」
愛している人を見つめながら迎える最後だけがハッピーエンドじゃないでしょ。心から信頼できる人を見ながら最後を迎えるのも、仲間を守って終わるのも、ハッピーエンドの一つだと思うの。だから、連れて行って。私を大切な人から攫っていって、彼を、世界を守る手伝いをしてほしい。ダメだったら、私一人で世界を諦めてほしい。
そういった少女の瞳は濁っているけれど、まっすぐな決意を持った瞳であって。俺はそんな藤丸立香の手を取って、最後を誓うことにしたのだった。
