親への挨拶

「そういえば結婚する前に親族に挨拶するんだったよね?」

「そうだね。でも僕たちに近しい親戚って」

「村の人? それとももっと別だと……」

 資料館に戻り、結婚情報誌を探す。それは簡単に見つかったけれど、少しだけ古い情報が書かれていた。結婚を決めたらまずすること。結婚自体が初めてであり、年の近い親戚もいない須賀とシオリは、何をすれば良いのかということが全く想像が付かなかったのだった。それでも情報誌を読みあさり、やることをメモ書きにしていく。それが終わった頃にはもう夜も遅く、御夕飯は出来合いのものにしようと決まったのだった。

「親への挨拶って、なんだか難しそう。でもこれも体験してみたいな」

「でも」

「そう、なんだよね」

 須賀もシオリも両親はいない。

 須賀は母親を生まれてすぐに亡くし、父親もことりおばけに出会う少し前に亡くしている。

 シオリも大学に入学してすぐに亡くしていた。

 天涯孤独とも言える二人。ただ、その悲しみもすでに二人は乗り越えていた。

「あっ!」

「どうしたの?」

「あのさ、それだったらお墓参りしたいなって思ったんだけど、ダメかな?」

「お墓参り?」

「そう。須賀くんのお父さんお母さん、それから私の両親のお墓に二人で行って、それを親への挨拶ってことにするの」

 どうだろうとシオリは須賀を見る。シオリの両親のお墓は、シオリがこの村に引っ越してくるまでは都会に存在していた。けれど、ことりおばけの事件のあとに亡くなった祖父と同じお墓に移動したのだった。

 シオリの祖父は、幼い頃のことりおばけの事件の後須賀を育て上げてくれた人間であって、第二の父親とも言える人間だ。そんな人間も眠っているお墓に、シオリと家族になったことを伝えに行くのだ。それは、とても。

「緊張するね」

「そうかな?」

「うん。少なくても僕にとっては」

 須賀がもし幼い頃に森に入らなければ。そうしていれば今のこのシオリとの関係はなかったかもしれない。それでもそう考えてしまうことはあった。それは須賀を引き取ってシオリの祖父が亡くなったとき。もし自分があのときあんな愚行をしなければ、きっとおじいさんはシオリやその両親に囲まれて最後を迎えていただろう。それを自分なんかが壊してしまった。勿論それは須賀の考えであるが、須賀にとっては真実であった。自分がいなければ良かったのだと思うときもあった。

 あの事件の後、須賀をけしかけたいじめっ子の男の子達はこってり絞られていたし、須賀が声を無くしていたことに対して申し訳なさそうにしていた。それだって、全部が全部須賀にとっては自分がしたせいだった。

 自分にとってシオリと一緒に入れる今の状況に満足はしているけれど、それとこれとは話が別で、シオリの両親や祖父に会うことは、申し訳なさを増長させることであった。

「それだったら、やめておく?」

「えっと、それは」

「それも嫌なんでしょ?」

「うん、ごめん」

 なんだか逃げているみたいじゃないか。勿論お墓参りを避けることはできる。でもそれを

することは自分が昔したことなどから逃げていることにも感じていて、それだけはしてはいけないことだと須賀は思った。

「ううん、私も……緊張はするかな?」

「しぃちゃんも?」

「うん。だって、須賀く……こうくんのお父さんが亡くなった時とかに、もっと私がしっかりしていたら、こうくんは森に行ってなかったでしょ?」

「それは……」

 責任を感じることでは無い。結局森に行ったのは自分の選択だし、そもそも幼いシオリにそこまで包容力などは求められない。そこまで考えてはっとする。

「こうくん、分かった?」

「うん、なんとなく」

「こうくんが申し訳ないって思うのは分かるよ。でも、今こうしていられるのはそうやって選択した結果だし、こうくんが森に行ったことを自分で攻めているのは分かってるけど、あれは仕方が無いんだよ。だから、……大丈夫。ね?」

 大丈夫。その言葉をシオリがわざと選んだのは分かった。

『だいじょうぶ』

 ことりおばけが成仏したとき、一緒に消えていった幼子は須賀とシオリにそう言った。その言葉にどれだけ救われてきたか。須賀がシオリに手を差し出して、一緒に生きようと思っうことができるようになった理由として、それがどれだけ大きかったか。

 また、それと同じ言葉に救われてしまったな。

 全く大人と認識される歳になったのに、今更子供みたいにいつまでも昔を引きずって、必要なことかもしれないけれど、必要以上に引きずってしまっていて。これではこれからのシオリのことすら守れないじゃないか。

 大丈夫、と顔をのぞき込んできたシオリに対して須賀は苦笑する。緊張は勿論する。それでもシオリの両親、それから育ての親であるシオリの祖父に報告することはできそうであった。

「ここが須賀くんの両親の……」

「そう、だよ」

 数日後の晴れた日。村近くの墓地へ二人で向かった。今では森の奥で見つかった人骨なども含めて共同埋葬されているこの墓地は、研究者などが出入りしていることもある。須賀とシオリが再び出会うことになった夏の日の夜、一人の研究者がことりおばけや郷土資料を求めて村に来ていた。その研究が学会で発表されて注目を集めたようで、この村自体に興味を持ったり、村で起きた事件を調べるためにやってくるのだった。この日もそんな研究者だろう人とすれ違い、挨拶を済ませてから二人で両親の元へ向かった。

「お久しぶりです、シオリです」

「父さん、母さん。久しぶり」

 二人でお墓を綺麗にしつつ、挨拶をする。シオリと再会したこと、ことりおばけがいなくなったこと、そしてシオリと結婚したこと。

「でも、なんだか不思議な気分だな」

「何が?」

「だって、あの須賀くんと結婚したんだもん」

 えへへ、とシオリが須賀の隣ではにかむように笑う。須賀もそれは未だに思っていたこと。何分まだ自分をパートナーとしてシオリが選んでくれたことをなぜ、と疑問に思ってしまうことがあった。

「僕は君が僕を選んでくれたことが一番不思議だよ」

「そうかな?」

「そうだよ」

 シオリの空いている手に自分の手を絡ませる。それは拒否されることはなく、逆にしっかりと握られる。小さい頃は痛いぐらいに握られていた手はそれでも柔らかくて温かい。須賀はそれに上機嫌になりながらシオリの親族の元へ向かうのだった。