「このファイルケース、仕切りがついてて便利そうですね。会計の書類整理に使えそうかも」
「そうですね。あと、レシート保管用にポーチもあるといいかもしれません。中身が見える透明なものだと、確認しやすいので」
文具売り場の一角で、なつめと夕凪のふたりは並んでカゴを持っていた。あれでもない、これがいいんじゃないかな、――そんな言葉を交わしながら、二人はサークルに必要な品を探していた。大きなショッピングセンター。ゲーム仲間同士とはいえ、ふたりきりでの買い物は、なつめにとって少し緊張する時間だった。こっそり胸に手を当てて、深呼吸をひとつ。できるだけ平静を装って、足元を見ないように歩いていく。
「他に必要なものは……」
「わたし、ちょっとだけ寄りたい売り場があるんですけど、いいですか?」
「もちろん。ついて行きますよ」
昨日、自分で決めたこと。まずはこれから。そう思いながら、なつめは歩き出す。向かった先は、書店の資格・ビジネス書コーナー。
目的の棚を見つけると、まっすぐにその前へ向かった。
「あった。これ……あ、でもこの出版社のも評判いいって聞いたんですよね」
手にしていたのは『基本情報技術者試験 対策テキスト』。その表紙を見て、夕凪はほんのわずかに目を見開く。けれど、声には出さず、横に立ってそっと眺めた。
「……朝比奈さん、受験される予定なんですか?」
「い、いえ。まだ全然。でも、夕凪さんが最初に取った資格だって聞いて、調べてみたら、ITの基礎が詰まってて面白そうで。……勉強、してみようかなって。わたし、今まで“やりたい”で選んだこと、ほとんどなかったから」
言葉は静かだったが、夕凪にはその意思がよく伝わった。彼女は、流されるのではなく、今まさに自分の手で道を選ぼうとしている。それなら――と、夕凪はそっと本棚から別の一冊を取り出す。それは、図解や演習が多く掲載された、理解重視のテキストだった。
「もし迷っているようでしたら、こちらも見てみてください。どちらかといえばこちらは解説や図が多めで、初めて学ぶ方にとっても入りやすい構成になっています。先ほどのものは網羅的ですが、最初の一冊としてはこちらのほうが、学びの土台を築きやすいかもしれません」
「え、こっち、夕凪さんが使ったやつですか?」
「ええ。最初に合格したときは、たしかこのシリーズでした。分かりやすく、演習量も適度にありましたし。もし分からないところがあれば、いつでも聞いてくださいね」
「……っ、はいっ。ありがとうございます!」
少し背筋を伸ばして応えるなつめ。その手にある参考書の重みは、ほんの少しだけ――自分で選んだ人生の重さだった。
「でも、不思議だなあ」
「何がですか?」
「今までは、買わなきゃいけないものしか見てこなかったけど……こうして買いたいって思う本を選ぶの、楽しいなって」
その横顔を見つめながら、夕凪はふっと微笑んだ。ほんの少し前までは、誰かの決めた道を歩いていた彼女が、今、自分の意思で道を選んでいる。
「その気持ち、大切にしてくださいね。きっとそれが、朝比奈さんを支えてくれるはずです」 なつめは、少しだけ迷ってから、その本をそっとカゴに入れた。買い物袋の中。サークルの備品と並んでなつめの参考書がひとつ、静かに収まっていた。それは、サークルのためだけではない、彼女自身の選択の証だった。
