『あ、須賀くんだ! こんばんは!』
「しぃちゃん、こんばんは」
電話越しに聞こえる声が懐かしいようにも思え、たった一言自分の名前を呼ばれるだけで胸が張り裂けそうなほどに嬉しい気持ちで溢れる。それでも平静を装い、こんばんはと挨拶をした須賀の背景に見えるはいつもの資料館ではなく、通話相手のシオリの背景に見えるのは都会の彼女の家ではなく資料館。
須賀は十年後の約束をした後、自分の進むべき道を考えって、ジュエリー専門学校へ向かったのだ。そうして数年。後もう少しで卒業と言うところでシオリに電話をかけたのだった。
「久しぶりだけど、そっちの様子はどう?」
『こっちはね、最近資料整理も慣れてきて、ことりおばけについての執筆作業と資料管理も
進んできたって感じかな?』
最初は大量の資料を力ずくで運んで取り落としたり、森で一緒に行動をしていたときだって貴重な資料を破いたりしていたシオリであった。心配であったけれど、そこは普段から行動力の塊であるシオリと、それからボランティアスタッフとして働いている佐久間のおかげだろう。こなれてきたシオリは人一倍動き回り、佐久間は丁寧に資料を保管している。それから、そんな二人をねぎらおうと、手伝おうとする村人達。今資料館は村の中でもより賑やかな場所になっていた。
『そういう須賀くんは? 卒業制作は順調?』
「うん、後もう少しでできあがるんだ。僕の作品をよく見てくれるお客様も付いて、良かったらうちのデザイナーになってくれないかっていってくれる人もいるよ」
『すごいじゃん。須賀くんの小さい頃からの夢も、もうすぐ叶いそうだよね』
「それって」
大きくなったら夜光石を加工する職人になりたい。いつか須賀が言っていた夢。シオリと遊んでいた頃だっただろうか。夜光石の効果で記憶がなくなり、ことりおばけによってそれを思い出させられたシオリは昔のことをよく覚えている。よわむし、なきむし。そう言われて泣いていた自分の姿すら昨日のことのように思い出されてはたまったものではないけれど、それでも須賀にとっては些細なことでも記憶してくれているシオリは特別なのであった。
「昔のこと言われると、少し恥ずかしいね」
『そう?私は色々懐かしいけど』
例えば須賀くんがおねしょしたときなんか。シオリがそう続けようとしたところで、須賀は慌てて遮る。
「それはいいから。……それで、卒業したらだけど」
『うん』
「デザイナーの話は嬉しいけど、僕はやっぱり村に帰りたいと思ってるんだ。村で販売できるか分からないけど、ジュエリーデザイナーとして生活しながら、資料をまとめたりしたい」
『……そっか』
「ダメだった?」
『ううん、そう言うわけじゃないけど』
シオリの声はどこか考えてるように詰まる。戸惑ったように声が聞こえて、それから数秒後。意を決したように息が吸い込まれる。
『須賀くんが決めたなら私は反対しないけど、須賀くんはそれでいいの?』
「うん?」
『だから、その、そっちで暮らす道もあるのかなって』
須賀はあの事件の後、秋、冬、と考えつつも勉強を続け、数年が経ち、県をいくつもまたいでいくような遠くの学校へ進学することになった。進学した先では、最初は背が高く、相変わらず真っ黒な服に身を包んでいた須賀を気味悪がるものもいたけれど、最終的には友人もできて、同級生に告白されるだなんていう事件すら起きるほど人気があった。いい断り文句が見つからなくてシオリにどうしたら良いかなんて聞いたりしたので、須賀の生活を少しは知っていたシオリだ。須賀のことを思い、自分がいなくてもいいのではないかという思いを
持ったりもしていたのだった。
「僕は。僕の思いはあのときのまま変わらなかったよ。……しぃちゃんのことが好き。それじゃダメだったかな?」
『そんなことはないし、むしろ嬉しいけど』
「それじゃあ、それ以上は言わないで」
『須賀くん、なんか変わったね』
「そう?」
『うん。でも、今の須賀くんも好き』
「ありがとう」
好きだと言われることが、今の自分を認めてくれることが、どれだけ嬉しいか。それを
分かっているのだろうかと思いつつ、多分分かっていないで言っているんだろうなとも分かる。
ふと、テレビ電話をしている机の端に貼ってあるメモを読むと、卒業後の進路を話す、と書かれていたので横にチェックマークをつけた。今日話そうと思っていたことは話し終わった。他に話さなければいけないことはなかと考えるも、それ以上はメモにも何も残っていない。須賀は通話料のことも片隅に置きながら、もうすぐ来るであろう寮の消灯時間まで何を話せるかと考えつつ会話を続けるのだった。
