部屋へのお誘い

 何気なく繋いでいる手の仲に、ずっと言えない言葉がたまっていた。別に

特別なことをするわけじゃない。それでも、自分の場所に彼を招くというのは、私にとって――すごく、大きな事だった。

 この前のカウンセリングで医師に言われた。

「あなたがここまでは大丈夫と思える場所を、少しずつ広げていきましょう」

 それを聞いたとき、ふと浮かんだのが、彼を自分の部屋に招くことだった。

 やってみようかな。

 そう思ってから何日か考えて、今日はそのタイミングを探しながら帰っていた。

 夕方。サークルの帰り道。並んで歩く足音。いつもの、心地の良い沈黙。言葉が喉のあたりでもたついて、でも、今しか無いと思った。

「……あのさ」

 彼の手をちょっとだけ引いて立ち止まった。遼が振り返る。いつもと同じ、柔らかい笑顔。

「今日、うち……来る?」

 一拍の後に沈黙。自分の言葉だけがやけに浮いて聞こえる。でも、彼は驚きもせずに笑顔を向けてくれた。

「うん、行く。……いいの?」

「うん。だって、なんか、その」

 恥ずかしくて視線を逸らす。それでもちゃんと伝えたかった。

「うちにいるときの私も、見て欲しいって思ったから」

「それ、めちゃくちゃうれしいんだけど」

 彼の指が、私の手をそっと握り直す。

「うそ」

「ほんと。ていうか、今の言い方、ちょっと可愛すぎた」

「や、やめて! 自分で言ってて恥ずかしいのに!!」

「でも言ったじゃん、俺。自然な言葉で良いよって」

「そうだけど! 今のはナチュラルすぎた!」

 いつも使っていた敬語は外していこう。付き合い始めた時に話し合いで決めたこと。

 笑いながら、慣れようとする私の顔はきっと真っ赤だったと思う。でも――彼も笑ってくれたから、やっぱり誘って良かったと思った。

 家の近くまで来たとき、ドアの前でちょっとだけ深呼吸をした。

「鍵、開けるから。ちょっとだけ待ってて」

「うん」

 後ろで彼が小さく頷く気配。カチャリと鍵が回る音がいつもよりずっと大きく聞こえた。ドアを開けて、少しだけ振り向いて。

「いらっしゃい」

 たどたどしい、でも心からの一言を添えた。今日、私は自分で選んで、彼を私のプライベートな部分に招いた。それがどれだけ勇気のいることだったかは、多分彼も分かってくれているのだろう。