僕の命は来年まで保たない、それどころかこの 場所は彼女の夢。そして僕自身も彼女の夢である。 ことを理解していた。
「■■■■■、霜柱が立っているよ」
足下がシャリシャリと音を立てて崩れるのにバランスをとりつつ、霜柱を踏みつける。靴を履いているからか冷たさはあまり感じないけれど、それを抜いても、秋の森を歩いていた二、三ヶ月 前と比べて足の感覚がなくなってきていること、体力が少なくなっていることがわかった。もうすぐ、なのかな。バーゲストの夢の終わりを時々感じる。ここは彼女の國でもなく、マンチェスタ でもない。彼女の体の本体はきっとカルデアと呼 ばれた場所で眠っているのだろう。早く起きて現実に戻ってほしい。けれど、最後が近い自分と一緒に過ごしてもほしい。相反する想いに自分でも苦笑が漏れる。バーゲストのことが好きだ。大切 に思っている。もしバーゲストが人間だったらだ なんて思ってしまうこともある。そんなことはなく、彼女は妖精騎士であって、サーヴァントである。悲しくとも一緒に歩み続けることができない 存在。そうして僕は彼女の夢であり、今は彼女の 一部となっている。
「アドニス、あまり足場の悪いところを歩いては」 「大丈夫。ね?」
「……」
手を握って。そうして一緒に歩く。それだけで幸せを感じる。きっと彼女も同じように感じてくれているだろうと思いつつ、動きたがらない足に 鞭を打つように命令する。動いてほしい。まだ夢は覚めないでほしい。きっと僕が動けなくなって、そうして存在がなくなるとき。そのときに彼女の夢は覚めるのだろうと思う。現に季節がまだ秋だった頃より、世界がおぼろげになってきており、さっき足で踏み倒してしまった霜柱だって、倒れているはずが元の姿に戻っていた。ただ、その異 常さを彼女は認知できていない。必要になったら現れるもの。彼女が求めているものが常に目の前にあるのは夢だから。
それだったら自分は?妖精國の妖精でもない、カルデアのサーヴァントである彼女にとって僕は 必要な存在なのだろうかと思う。けれど、それでも。
「アドニス、あなたといると私は弱くなってし まったように感じます」
「■■■■■、突然どうしたの?」
「いえ。ただ、そう思っただけですが、私はそれでも良いと、そう思ってしまうことがあるのです」
「うん」
「出会った頃に見た、夏のきらめきも、秋の森の鮮やかな葉も、こうして冬に霜柱を踏んだときに感じる感覚も、それから春になったら一緒に見られるでしょうかわいらしく咲く花も。あなたと一緒にいなければ気がつくことができなかったものです」
それを感じることができるのなら、少し弱くなってもいい。そう思ってしまったのです。バーゲストは恥じらうように視線を泳がした。
バーゲスト、それは。
人と人は支え合って生きていく。それは効率がよいからということもあるけれど、弱い部分を支え合って、そうして初めて見られるものもある。恋をして、一緒にいたいと思って、支え合って、辺りを見渡して。二人で見る光景は美しいものだ。それをバーゲストもそう感じてくれていた。そうであることを許容してくれていた。それが、本当に。
「■■■■■、ありがとう」
「?お礼を言われるようなことは」
「あるんだ。ぼくとこうやって同じように生きて くれて、ありがとう」 きみには必要のない支え合うという行為。ただのごっこ遊びとして妖精たちで番うこともできたはずなのに僕を選んでくれて、僕に恋をしてくれてありがとう。分からないかもしれないけれど。それでも僕はバーゲストに感謝の言葉をおくるのだった。
